機械神編 神崎輝

 神になってから一週間。

 俺はモニターを見つめながら、キーボードを叩いていた。

 キーボードを叩く度に、いくつもの機械の腕が動く。

 火花が飛び散り、ドリルが回転する音が鳴り響き、機械の腕が部品と部品を組み立てる。


 神になってから俺は、スキルの力で生み出した道具や素材を使って、作っていた。この聖神界にはないものを。


「こうやって作っていると……人間だった頃を思い出すな」


 俺は人間だった時にしていた仕事のことを思い出していた。

 その時、


「アキラ……お茶にしましょう」


 後ろから透き通った声が聞こえた。

 振り返ると、そこには白いネグリジェのような服を着たユリーナの姿があった。

 彼女は木のトレーを持っており、そのトレーの上にはミルクティーが入ったカップが二つ乗っている。

 ミルクティーから湯気が出ており、心地よい香りが俺の鼻を刺激した。


「ありがとう、ユリーナ」


 俺は手を止めて、ミルクティーを受け取り、一口飲む。

 うん……おいしい。

 紅茶の渋みとコク、そしてミルクのまろやかさが調和してリッチな味わいが楽しめる。

 やっぱり……地球のものより質がいいな。


「製作……順調?」

「ああ。順調しすぎて怖いよ。神ってこんなに凄いんだな。人間だった頃よりも学習能力や製作能力、記憶力が大幅に上昇している。おかげで普通だったら数か月かかるやつを、一週間で商品をいくつも完成できた」

「そうなのね……因みに何を作っているの?」

「この世界にはないもの……かな。とくに家電が多い」

「かでん?」

「家電……つまり家庭用の器具だよ。まぁ、この世界には電力がないから、代わりに神力を使って動くようにしたんだ」


 そう。俺が作ったのは、この聖神界にないもの……それは家電。

 掃除機や冷蔵庫、洗濯機や乾燥機などの道具がない。

 だから俺は神力で動く家電をいくつも作ったのだ。


「分かりやすく言うと家事を助けてくれる道具」

「へぇ~……すごいわね。男神たちが聞いたら驚くわよ」

「ああ、そういえば……この世界では男神が育児や家事をするのが当たり前なんだよな」

「ええ、そうよ。それにしても器用に作るわね」

「まぁ、人間だった頃はこういう仕事をしていたから」

「こういう仕事?」

「物を作る仕事だ」


 俺はミルクティーを飲みながら、ユリーナに……話をした。人間経った頃のことを。


「俺は最新の料理器具や医療器具、そして物語にしか登場しない転送装置や3Dプリンター建築機、フルダイブ型VRシステム機などを作って、それを売っていた。おかげで俺は世界最高の発明家やら、歴史上最高の開発者とか呼ばれるようになった」

「世界…最高……すごいじゃない!」

「まぁな。俺は人類の技術を数年で……数百年は進めた。そのせいで俺は学生でありながら、仕事ばかり。友達とは遊べず、休日も仕事。まだ未成年なのに残業ばかりさせられたよ。大変だった。まったく……労働基準法第60条と第61条はどこに行ったって話だよ」

「なんで……そんな大変なことを?」

「……妹のためだった」

「妹?」


 俺は今はどこにいるか分からない妹の顔を思い出す。

 ミルクティーに映る俺の顔は……とても寂しそうな顔をしていた。


「実は数年前から両親が行方不明になってな。それからは妹を喰わせるために、俺は働いて……金を稼いだ。……妹には幸せになってほしいから、色んなものを作った。病院、ゲーム会社、ジム、警察、建築家……ありとあらゆるところから来た依頼を、俺は期待以上に応えたんだ」

「すごいんだね、アキラは。流石は世界最高の発明家」

「……」


 世界最高の発明家。

 その言葉を聞いた俺は……胸が苦しくなるのを感じた。

 同時に罪悪感が俺の心を支配していく。


「違うよ、ユリーナ。俺は……世界最低な発明家なんだ」

「え?」


 俺はカップを持つ手に、力を入れながら告げる。


「俺が最も発明したのは……多く作ったものは……戦争の兵器だ」

「!!」


 ユリーナは目を大きく見開く。


「どうして……そんなものを」

「……最初は、戦争によって壊れた車や建物の瓦礫を人間でも運ぶことができる身体能力補助スーツを作ってくれって依頼が来てな。俺はそのスーツを作った。だけどそのスーツは人を殺す兵器として使われた。結果……戦争で負けるはずの弱小国が勝った」

「……」

「それからは色んな国から兵器開発の依頼が来た。最初は断ったんだが圧力をかけられて、結局……作ることになった」

「そんな……」

「ユリーナ。俺は……多くの人間を殺す兵器を、数多く作った最低最悪な発明家なんだ」


 俺の足元には……俺が作った兵器によって殺された多くの人の屍がある。

 本当は……生きていちゃあ行けない存在なんだ。俺は。

 こんな奴は……死んだ方が、


「そんなことはないわ」


 ユリーナは優しく、俺の手を両手で包んだ。

 その手はとても温かかった。


「アキラ……あなたは最高の発明家よ」

「そんな……こと」

「だって……あなたが作ったものは、人を笑顔にするから」

「なにを根拠に」

「アキラ。今、あなたが作っているのは家電っていう家事を助けてくれるものなんでしょう?」

「そうだけど」

「それを作れるのは、神達のことを考えているから……違う?」

「!!」


 俺はなにも答えることができなかった。

 そんな俺を、ユリーナはサファイアの如き青い瞳で見つめながら告げる。


「アキラ。あなたが自分のことを何と言おうと、私はこう言うわ。……あなたは誰よりも優しい発明家だと」

「—―――――」


 俺は言葉を失った。

 初めて、そんなことを言われたから。

 多くの人は利益のために、利用するために俺に近付いてきた。

 空っぽの言葉で……俺を称賛した。

 だけどユリーナの言葉は違う。


 本当に……心から彼女は俺を最高の発明家だと言ったのだ。


 どうしよう……目頭が熱くなるのを感じる。


「まったく……ユリーナ。お前はいい女だよ」

「あら、そう言ってくれると嬉しいわ」


 俺は目頭に溜まった涙を指で拭い、頬を緩める。


「よっしゃあ。頑張って色々、作りますか!」

「がんばって、アキラ」


<><><><>


 キーボードを叩き、機械の腕を操作して物を作っていく神崎輝。

 そんな彼の後ろ姿を……ユリーナは椅子に座って見ていた。


(なんか……楽しいわ。アキラと一緒にいると)


 温かく感じる胸に手を当てながら、ユリーナは目を細める。


(こんなに楽しいと思えるのは、数十年ぶりね。あの時のことを……思い出すわ)


 ユリーナは思い出す。小さなころ、二人の姉に剣と魔法を教えてもらった時のことを。

 

「いい女……か。生まれて初めてよ。男神にそんなことを言われたのは」


 輝には聞こえない小さな声で呟く剣と魔法の女神。

 微笑みを浮かべる彼女の頬は……少し赤く染まっていた。



 後書き

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