第6話 跳躍

私の叔母から聞いた話です。地方都市の不動産会社が年末の粗品として作った「厄除け絵馬型コースター」にまつわる出来事です。


Aさんが勤める小規模の不動産会社では、年末に取引先へ配る粗品を普通のカレンダーではなく、趣向を凝らした品にしていました。過去には風水に富んだ金色のカレンダーや、少し予算が掛かったがオリジナルクレヨンといったものを出していたそうです。当然、他社からも評判が良く、今年は何だろうとの声が高まっていました。会社は10月頃から社員全員から意見を募集し、今年も面白い意見が集まりました。その中で、会社近くの縁切り神社とコラボしてはどうかというアイデアが注目されました。上層部も反応が良く、神社に相談したところ共同でグッズを作ることになったのです。


翌年が卯年だったこともあり、「厄除け絵馬型コースター」に決まりました。家の形をした木製コースターで、裏には跳ねるウサギの彫刻と願い事を書く欄があり、全て神社で祈祷済みというものでした。


配布が始まってすぐ、取引先からは「素敵なアイデア」と好評でした。ところが年明け後、奇妙な報告が複数寄せられるようになりました。

まず営業部のBさんが「コースターに書いた願いが異常に早く叶った」と言い出したのです。彼は「家族が健康でありますように」と書いたところ、長年体調を崩していた父親が翌日突然元気になったといいます。半信半疑だった同僚たちも試してみると、確かに願いが異様な速さで実現するのです。

この話が社内で広まり、多くの社員が自分のコースターに次々と願いを書き始めました。


しかし2月に入ると、違う種類の報告が出始めました。「願いは叶ったが、予想外の形で」という内容です。「仕事運が上がりますように」と書いた社員は確かに大きな契約を取りましたが、その直後に過労で倒れました。「経済的に豊かになりたい」と書いた人は宝くじに当たりましたが、同時に親族が亡くなり予期せぬ遺産も相続することになりました。


さらに不気味だったのは、3月に入ってからの変化です。コースターを使っていた人々が「夜、何かが跳ねる音がする」と訴え始めたのです。特に深夜、誰もいないはずの部屋から「トン、トン」と何かが跳ねるような音が聞こえるというのです。

ある取引先の女性は「子供が欲しい」と書いたところ、確かに妊娠しましたが、その後「お腹の中で何かが跳ねている」と感じるようになりました。医師からは「通常の胎動です」と言われましたが、彼女は「これは普通じゃない」と主張し続けたそうです。


4月、最も恐ろしい報告が届きました。コースターを自宅に置いていた古くからの顧客が、「家の中に見えない何かがいる」と訴えてきたのです。監視カメラを設置しても何も映りませんが、確かに物が動いたり、家具が軋んだりする音がするといいます。特に不気味なのは、その「何か」が徐々に増えているような感覚だと言うのです。


神社に相談しても「そのような現象は想定外」という回答でした。しかし神主は私的に「願いというのは増殖するもの。特に卯年の願いは『飛躍的に』増えていく」と話したといいます。


現在でも、あのコースターを持っている人の一部は「夜中に何かが跳ねる音」を聞くことがあるそうです。叔母によれば、彼女の友人の一人は「あれは願いが形になったものだと思う。でも増えすぎると、制御できなくなる」と言っていたとか。

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