怪異を金に換える(3-2)

 早菜は配信で飲むための酒を買いに外へ出る。

 実際には配信中には殆ど飲んでおらず、実質は小道具やインテリアとしてしか使っていないので銘柄などはどうでもいい。

 駅前のディスカウントストアへ向かう途中――。


「あれ、冴木さん?」


 早菜に声をかけてきたのはサークルOBの山城龍彦だった。彼女は山城のことは嫌いではなかった。いや、むしろかなり好意的に見ていた。

 マイナーとはいえ出版社に勤めていて現役のサークル員たちからも尊敬を集めているのに、偉そうにすることもない。

 どうやら他人の顔と名前を覚えるのは自分と同様に得意であるらしく、何度か飲み会で話したことがある程度の早菜にもこうして気づいたら向こうから声をかけてくれるのもありがたい。

 しかし、なぜこんなところに彼がいるのだろうか。


「山城さん、どうしたんですか? こんなところで」

「俺? 今、この辺に住んでるんだよ」

「えー、そうなんですかー。偶然ー。あたしもなんですよー」


 早菜は山城の職業も職場の場所も知っている。なぜなら大学のすぐ近くの出版社だからだ。こんなところに住んでいるのは不自然だ。


 ――ひょっとしてあたし嘘つかれてる? でもなんの意味があって? わかんないなぁ。山城さんがストーカーってこともないだろうし。むしろ山城さんなら別にいいんだけど。


 早菜は自分が嘘つきであるという自覚があるからか、他人の言うこともすべてが本当だとは思わない傾向にあった。


「そうだね。ビックリしたよ。」

「でも山城さんがお勤めの操山出版ってここから結構遠くないですか?」

「そうなんだけど、今はもうリモートワークが多いから別に出社しなくても仕事できるんだよね。あと一番の目的はこの辺りの取材」

「取材のためにわざわざ引っ越してきたんですか?」

「会社が家借りてくれてるからね。取材が終わったら元の家に戻るつもりだよ」

「えぇ? 会社が借りてくれるなんてそんなことってあるんですか?」


 編集者の仕事がどういうものなのか具体的には知らないが、わざわざ取材のために家を借りてくれるものだろうか。

 常識的に考えてかなり変なことだと思う。会社もそれを受け入れて引っ越している先輩もだ。


「今まではなかったよ。今回だけ。社長がたまたま不動産屋と知り合いで超格安で借りれたらしいんだよね」

「へー、そういうことですか」

「そうそう、そんな毎回取材の度に会社が取材用に家借りてくれるなんてないよ。俺はリモートで仕事できるけどさ、冴木さんは大学行くのに不便でしょ?」

「あぁ、あたしも山城さんと一緒ですよ。この辺りに借りてるのは殆どスタジオとしてしか使ってない部屋で、本当のお家は別です」


 先輩のことを訝しがっていたが、早菜自身が自分の動画撮影のために一部屋借りているということを思い出した。

 自分がやっていることを他人、むしろ企業がやっていても不思議ではないと自己完結する。

 一方で早菜は最近の動画で引っ越しについて話したのだが、山城がそれを観てくれていないことに少しだけ落胆した。

 小野寺のような別に観てくれなくてもいい先輩には観られていて、自分の姿を観てほしい先輩には観てもらえない。

 アイドル時代からそうだった。自分のところに来てほしいと思った小奇麗だったり、顔が好みだったりする客に限って他の子の列に並んでしまう。


 ――いや、でも最近のあたしの動画酷いからな。


 よく考えなくても、早菜の動画は悪質な不謹慎行為で注目を集めるもので、観られることで嫌われはすれど好かれはしないものだった。

あれを観たところで山城に「かわいいね」などと言われようはずもない。


 ――じゃあ、いいか。結果的に。


「山城さんはどんな本の取材なんですか?」


 彼は照れくさそうに黄昏時の砂丘のような髪を触りながら教えてくれる。


「この辺りって色んな伝承とか怪談があってさ、それのルーツを探ってるんだ。でもそれがちゃんと面白く繋がるかどうかはわからないんだよね。俺、あんまり頭良くないからさ。考察とか苦手なんだよ」

「そうなんですねー。やっぱりこの辺りって怖いことよく起こるんですかね」

「ここだけの話なんだけど」


 高身長の山城が少し身体を低くして、声を潜める。

 都心から離れたベッドタウンの道端である。声を潜めなくてもそもそも人通りもない。何も意味はないように思えた。

 とはいえ、善良そうな彼にあまりそういう皮肉めいた指摘をする気にもならない。むしろこういう抜けたところに愛嬌や善良さを感じる。

 早菜は大人しく、彼の口元に耳を向ける。


「実際に怪奇現象を目撃した人が結構いるんだよ。呪われたっていう人や行方不明になった人もいる。原因はわからないけど、この辺りの川や沼に関連してるらしいんだ。引っ越してきちゃったなら仕方ないんだけど、あんまり夜は一人で出歩かない方がいいよ。できるなら更新を待たずにこの町を離れた方がいいかもしれない」

「水辺に何かあったんですか?」


 早菜の住むマンションで起こる怪奇現象とも何か関係があるのかもしれない。

 彼にとって早菜は商売敵というわけでもない上に動画も見ていないのであれば、多少は情報をくれる可能性がある。

 早菜は彼に対して好意を感じながらも利用してやろうという狡猾さも持ち合わせていた。


「河童の呪いだっていう話を神社で聞いたけど、本当かどうかは疑わしいんだよね。裏付けになる資料が見つからないからよくわからないんだ。行方不明事件の噂もあるし」

「えー、こわーい」


 早菜は幽霊や怪奇現象というものを信じてはいるが、怖がってはいない。

 この山城という先輩もまた信じてはいるようだと思った。怖がっているのかどうかはよくわからない。


「そうだよね、怖いよね」

「はい。めちゃくちゃ怖いですー」


 口ではそう言っておく。


「俺も仕事だけど怖くて水辺には近寄れないんだよ」

「それはダメじゃないですか?」


 早菜は怖いからといって部屋まで借りてもらっている編集者が現地取材を放棄するなんてことが許されていることに驚きを隠せない。


「俺、泳げないんだよ」

「意外です。海とか好きそうな感じなのに」

「髪色が派手だからねー。海だけじゃなくて、パーティとかも好きそうってよく言われるよ。行ったことないんだけどさ」

「確かによく見たら、色白ですもんね」

 高身長と派手髪でパッと見は遊び人風なのだが、たれ目で気は弱そうだし、オカルト本を作っていたりと不思議な人だと早菜は思っていた。

「じゃあ、そろそろ俺行くよ」

「はい、お疲れ様です。山城さんもこの辺にお住まいなんですよね?」

「うん、まぁ、そうだよ。この辺」

「今度、ご飯でも行きましょう。あたし、引っ越してきたばっかりでこの辺りのお店とかよく知らないので教えてください」

「あー、いいねいいね行こう。うちでバイトしてる小野寺さんも連れてくよ。女の子いた方が安心でしょ?」

「あー、はい。えーっと、そうですね」


 ――この人、天然なんだよなぁ。女の中でも特に小野寺さんはいない方がいいって。あの人苦手だし。


「じゃあ、またね」

「はい、お疲れ様でした。取材がんばってください。本絶対買います」

「本はあげるから、買わなくて大丈夫だよ」


 山城はそう言って駅に向かって去っていった。

 早菜は落胆を見せずにその背中を見送った。

 しかし――。


「さてと」


 ――川や沼ね。行かないわけないじゃん。情報提供ありがとうございまーす。

 早菜は遠ざかる山城の背中が見えなくなったところで、本来の表情を取り戻した。


     〇


「冴木さんに会ってきたよ」


 以前、一緒に行ったことがある喫茶店でグルテンフリーのチョコレートケーキを食べながら小野寺に先ほどのことを告げた。


「え? 会ったんですか? は? なんで!」


 冷静沈着な小野寺が驚いていることに、山城は逆に驚き慄いた。声を荒らげるところを初めて見た。


「ちょっとくらい脅かしておこうと思って」


 どうやら自分のやったことは完全に不正解だったらしいと気づいた山城は彼女のマンションのドアに脅迫文を貼ってきたことはもう報告できないと思った。

 小野寺に知られるのは時間の問題だとしても。


「山城さん、何もわかってませんね。一緒に観ましたよね? 冴木さんの動画」


 先ほどは言わなかったが、山城は冴木の『サーナの不謹慎チャンネル』を小野寺と共に会社で観ていたのだ。

 眉間に皺を寄せる山城と小野寺とは対照的に画面を覗き込んできた社長の矢田部は

「こいつはアホっぽいが、才能はあるかもな」と大笑いをしていた。

「観たからこそだよ。このままだと絶対に危ないところに行くだろうし、呪われるかもしれないじゃないか」

「あのですね、冴木さんは絶対に行きます。断言できます。あの子は行ってはいけないと言われたら行くタイプです」


 ――言われてみたら、そうだな。やっちまった。


「確かに。考えなしだった」


 ――いや、考えたからこその失敗だな。俺はホントにアホだな。


 山城は肩を落とす。


「仕方ありませんね。これからどうするか相談しましょう。そんなに気を落とさないでください。大丈夫ですよ、なんとかなります。別にクイズじゃないんですから」


 ――確かにそうだな。これはクイズじゃない。ちょっとくらい選択を間違えたって、その後の行動で取り返せる。不正解を正解にだってできるはずだ。

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