ラビリンス

きよら

第1話 目覚め

 チュン、チュン、チチ……


 鳥の鳴き声と共に、朝陽が塔に差し込む。

草原に雄大と存在するその塔は、圧倒的な存在感で建っている。


 朝の光は、地平線の奥から塔に向かってまっすぐ射し、石畳の小部屋に倒れて眠る青年の頬で煌めく。

「⋯⋯う、ぅ~」

 小さくうめいた青年は、鈍い痛みを感じながら、静かに目を覚ました。

 わずかに差し込んだ光で、朝が来たことを感じた青年は、乾いた血が残る腕で必死に床から上体を起こす。

「最悪だ」 

 そう呟いて、壁際に座り直すと、暗闇にわずかに差し込む数個の光の柱を目で追った。

 その柱の先には、重い音がする足枷のついた右足が見えた。

「うゎ! ⋯⋯」

そう言って、天井を見上げると筒状に伸びる壁の先に、青空と小さな雲が見えた。

「! ここは、最上階⋯⋯」

 見る景色に、何も希望がなくなる青年は、ため息をつきなから自分の体を触る。

 あちらこちらが破れた服は、青年の体をわずかに露出していた。

「おぉ? ついにきたのか⋯⋯ 」

 薄暗い塔の奥から、もう一人の男の声が聞こえる。

「? ⋯⋯」


ガガッ!ガンガンガガーッ!!


 大きな鉛を引きずる様な音がし、薄暗がりから、男の顔が覗く。

「! 」

 青年は、驚いて目を見開いた。

 この部屋を隔てている鉄格子の向こうに、銀色に輝く髪に赤い目の男が見えた。

「おぉ、上玉じゃねぇか⋯⋯」

そう言うと男は、鉄格子越しに青年の体をなぞるように指を動かした。

「赤目⋯⋯? まさか」

 青年は、男を見て1000年以上前に絶えたと言われる吸血種族を思い出す。

青年が幼少期に祖父からよく聞いていた話に赤目の吸血種が度々出てきた。

「おおぃ! 飯にさせろ! 」

 男は大声で叫ぶ。


 カンカンカンカン!!


今度は、かん高い音が狭い塔の最上階に響き渡る。

どうやら、男の呼出鈴のようだ。

「早くしろ⋯! 腹がへったぞ!!  」

男の様子は、苛立ちが増したように見えた。  

 しばらくすると石階段を登る足音が近づいてくる。

扉の前で足音が止まると、格子窓が開いた。

「呼んだか? ソニア」

監視の男が言う。

「あぁ! この餌を早く檻に入れてくれ」

「? あぁ、こいつは、ロージス様のオモチャさ」

「ロージス? 俺には、関係ねぇ。100年ぶりの女だ。腹が減った。

俺に食わせろ」

「ソニア。 くれてやりたいとこだが、無理だな。俺も欲しいくらいだ……」

「何だと?! クソッ。人間のくせに」

 青年は、ドア越しに聞こえる声に聞き覚えがあった。

そして、二人の会話を意味もわからず聞いていた。

ソニアと言う名前も、聞き覚えがある。

「そいつは、諦めるんだな。近いうち、美味い女を用意してやるよ」

そう言ってから、監視の男は、青年を見て扉を閉めた。


 バタン!


重い音が響き渡る。

「クソッ! 」

赤目の男は、扉を睨んだまま煙草に火をつけた。

「おぃ、女。名前は? 」

そう言うと、煙を青年の方にむけて吐いた。

 この国では、身分、仕事、住む場所などが名前から推察される。

「リサラ……リサラ=ベクタール」

 青年には、本名のほかに別名をもっていた。

「ベクタール? 聞かない名だな。外国人か……」

「お前は? ソニア? とか……言ってたな? 」

 これが、二人の間で初めての会話になった。

「そうだ。アラン=ソニア。俺の名を知らないとは……。まぁ、ここも長いからな」

そう言うと、ソニアはさらに檻の格子に近づいた。

 反射的に、リサラと名乗った青年は、体を強張らせる。

「俺が怖いか?ふふ……」

そう言ってさらに檻の間から青年に手を伸ばすと、太陽の光がソニアの腕に射す。


 シュウゥッ!!


 一瞬でソニアの腕の一部が焦げて、湯気が立ち上る。

「うわっ! 」

思わず、青年は顔を歪めて視線を外す。

「クソッ!もうこんな時間か」

そう言ってソニアは、檻へ腕を引き戻す。

陽が上がり、塔内に光が増すとソニアの体のあちらこちらから、湯気が上がりだす。

「?! あんたは、光がダメなのか? 」

「? 何も知らないんだな、お嬢さん」

そう言うと、ソニアは檻の奥の暗闇へ戻っていく。


ガラン!ガラガラガラガラ!


足枷を引きずる音が響き渡る。

 檻の奥は暗闇でかなり広いようだ。

リサラは痛む体を引きずりながら、檻に近づく。

入っていった暗闇に目をこらすが、ソニアの体はもう見えないくらい暗かった。

 青年は、檻に近づいた途端、急に眩暈を起こした。

「うゎ……」

思わず座り込む。

もう3日ほど食事を取っておらず、体力の限界に近づきつつあった。

意識が遠くなるような感覚と共にソニアの声が聞こえた。

「あまり近づくな。俺は腹が減っている……」

暗闇から塔内の壁を伝う様にソニアの声が響いた。


 ガタン!


すると突然、扉の格子窓が開いた。

「朝食だ」

先ほどの男の声だった。

「もう、死にかけてるぜ。その女」

暗闇の奥からソニアが監視の男に言う。

「?! 死んでもらっては、俺が困る」

驚いた声と同時に、最上階の重い扉が開いた。


ガガガガガガー


 体に銀製鎧をまとった長身の男は焦った様子で入ってくると青年に近づいた。

「おいっ! しっかりしろ! 」

青年の顔を叩く。

「うぅ…… 」

意識がある事を確認すると、監視の男は鍵を取り出し、青年の手足につけられた枷を外すと軽々、青年を抱き上げた。

「!! 俺の餌をどこへ連れていく?! 」

 ソニアの怒鳴った声が響き渡る。

 監視の男は、その言葉に一瞬足を止めるが、無言で青年を抱えて部屋を出た。


バタン!!

 「おいっ! 」

 重い扉の風圧で部屋の埃が舞い上がり、ソニアの声だけが虚しく塔内に取り残された。




































 




 



 






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