節分

「ねえ、節分ってなんで鬼なの?」


 豆を手にしたまま、娘の紗奈はこちらに目を向けて聞いてくる。ここはお父さんがカッコ良く教えてあげようじゃないか。


「陰陽術の五行説でね、北東の門、鬼門から邪気を伴ってやってくるから鬼門を封じる意味で追い払うのさ」

「へえ、そうなんだ」

「あなたね、陰陽術かなんだか知らないけど、それっぽいこと言って誤魔化すのはやめてちょうだい」


 いいや、お母さん。確かに普段からおふだを集めたりしてるけど、こればっかりは本当なんだよ。


「じゃあ、なんで豆を投げるの?」


 紗奈は俺の答えを聞いて満足したのか、次の疑問へと移った。


「鬼は魔の象徴だからね、魔を滅するで魔滅なのさ」

「ふーん」

「それは無理があるわよ、困ったからって親父ギャグは面白くないわよ」


 いや、本当に昔はこういう語呂を大切にしてたりして、そういう説があるのは事実なんだよ。の目を潰すっていう意味もあるし……


 それよりも、さっきから俺の言うことばっかり否定しやがって……


「そう言うお母さんは何でか分かっているんですか?」

「そうねえ、昔の人々にとって理解しがたいものを鬼の仕業って考える風習があるの。羅生門でも鬼が出てくるでしょ。それはこの風習が関係しているわ」


 否定したいのに出来ない。ズルイぞ、羅生門なんていう名作を引き合いに出さないでくれよ。文学部卒の真由お母さんにこの話を続けても勝てない。


「じゃあ、豆は」

「大豆は五穀のひとつで栄養豊富だから、撒くことで来年の豊作祈願っていう意味があるのよ」


 そんなに栄養豊富なら、撒くことなんて昔の食料が十分になかった時代には勿体無いって考えてこんな風習にはならんだろう。


「いや、流石にそれは無理があるだろ――」

「何よ、あなたの親父ギャグよりマシよ――」


「そんなことより、もう家に入ろうよ」

 紗奈は手に持った豆をいつの間にか撒き終えて、寒いって震えている。


「――ああ、すまん」

「――ごめんね、この人のことなんてほっといて家に入りましょ」


「ねえ、節分って何でこの日付なの?」


「それは季節の変わり目には邪気が――」


「じゃあ、撒くのが秋と冬の間だけなのは何で?」


「それはきっと、昔の人にとって冬の季節が最も過酷な――」


 紗奈はテレビに映った俳優の姿に夢中でもう聞いていなかった。


「あなたも紗奈がちゃんと聞いていないからいいけど、適当なことを言わないでちょうだいね」

「だから、本当のことだって言ってるじゃないか」


「ねえ、お母さん、この俳優かっこよくない?」


 この反応には俺も真由も顔を見合わせて、苦笑いせざるえなかった。


「ああ、母さん。この程度のことで少し熱くなりすぎたかもしれないな」

「ええ、何だか。私たちがバカみたい」

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