十八 『落下』 杜野 美世子 二十八山/ばべんの砦/03時55分

 ひたすらに闇の中の道を走っていた。どこに向かっているのかも、当然わからない。しかし、立ち止まって行き先を考えている暇など無い。背後から田辺先生が迫っているからだ。

 聞き慣れた声、見慣れた顔、先生がよく使う言葉で私を惑わせながら追ってくるが、あれは田辺先生なんかじゃない。田辺先生の形をした化け物だということは、わかっている。けれど、心の奥底でほんの少しだけ彼に同情してしまう。それが奴らの恐ろしいところだ。


 抱いている感情を必死に振り払い、ただひたすらに進み続ける。だが、ゲームオーバーの時はついに来たようだった。目の前には壁がそびえ立っていてこれ以上先には進めない。


「杜野もなかなか冷たいよなぁ」


 田辺先生は哀しそうな顔でつぶやく。壁を背に田辺先生の方を振り向く。じりじりと詰め寄り、確実にこちらへ向かっている。道は狭く、先生の身体を通り抜けられるほどの余裕はなかった。

 息が詰まる。身体全体が凍ったように固まってしまった。私は恐怖から逃れるように、ぎゅっと目を閉じた。足音はどんどん近づく。このまま私は異形に襲われてお終いなのだろう……。

 —————しかし、突然、足元がガクンと動く。私の立っていた床が、その音と同時に斜めに傾いた。 

 バランスが崩れ転ばないように必死に踏ん張った。傾斜の先に目をやると、そこは終点も見えないほどの奈落が広がっていた。

 さすがの田辺先生も、床から落ちまいと近くの手すりにしがみつき、こちらには近づけない。床の傾斜はどんどん急になりいつ落ちてもおかしくなかった。

 どちらかが動けば床が落ちる。そんな危うい状況の中、私は田辺先生が膠着していることをいいことに、この場を逃れようと一歩を踏み出してしまった。

 私の体重移動に耐えられなかった床が再びガクンと揺れ、私はバランスを崩して床から放り出された。


 暗闇が全身を包み込む。私は、一体どこまで落ちていくのだろうか。

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闇児ノ神奪 マジンミ・ブウ @men_in_black

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