十 『お母さん』 佐河 美鈴 根ノ町/根ノ町学園/01時28分
もはや道とは言えないほど木の枝や下草が生い茂る獣道同然の場所を、舌打ちしながら不確かな足取りで歩く。
「あのバカ男、どこ行ったんだよ……」
遠藤大輔とはぐれてから、だいぶ時間が経った。アイツが園子ちゃんの死の真相を知りたいと言うから、わざわざ根ノ町まで来てやったのに……。
私は幼い頃、この町の児童養護施設で育った。しかし、年を重ねるごとに知らない女の声が頭の中で響くようになり、他人が体験した記憶の映像が勝手にフラッシュバックする。普通の人間の暮らしなどできなかった。耐えきれず、隣の■市へ逃げるように引っ越した。
それでも、園子ちゃんが死んだのは、この不気味な町に原因があると確信していた。理由はわからない。ただの本能だろう。私は再び、この町へ足を踏み入れた。
案の定、変な声が聞こえ、耳鳴りがする。謎の陥没に巻き込まれた先では、気持ち悪い化け物が人間を襲っていた。……やっぱり、私はこの町が嫌いだ。
頭を押さえながら、遠藤と他の生存者を探し、根ノ町学園を歩く。しかし、もはや絶望的だった。頭の中の声が次第に大きくなり、怒っているようにも聞こえる。
———たすけて。
その中に、たった一つだけ、か細い少女のような声が混じっていた。どこか懐かしく、温かみのある声。
見えない糸で引かれるように、私は声のする方向へ向かった。
たどり着いたのは体育館。真ん中で、膝を抱え、うずくまる少女がすすり泣いている。驚かせないように、そっと近づき、優しく声をかける。
「大丈夫……?」
返事はない。彼女は顔を伏せたまま、『お父さん……お父さん……』とつぶやいている。
このまま放っておくのも危険だ。仕方なく、彼女の腕を引こうとした、その瞬間———
【目の前に、男性の背中が映る。男がこちらを振り向き、囁く。「大丈夫だからな、朋子。お父さんが絶対守ってやるからな」。彼女の視線が、小さく頷くように上下に揺れた。突然、白い異形が降ってくる。お父さんが身を挺して守ってくれた。強く背中を押され、化け物から遠ざけられる。お父さんは、そのまま異形の群れに呑み込まれていった。恐怖のあまり、逃げ出した。】
張っていた糸が切れたように、彼女の腕から手を放してしまった。
今のは……この娘の過去?
他人の体験の記憶を視ると、その視界や心境までも共有される。彼女の恐怖と悲しみが、一気にのしかかり、頭が重くなった。……この能力には、いつまで経っても慣れない。
私は頭を振り、気を取り直して、優しく声をかける。
「朋子ちゃん……で合ってるよね? つらかったよね……でも、ここは危ないから、一緒に行こう?」
彼女は驚いたように顔を上げた。泣きはらして赤く充血した白目と、濁った黒目でこちらを不思議そうに見つめる。知らない女性にいきなり名前を当てられたのだから、不思議に思うのも当然か……。
私は、自分の不器用な言葉選びを思い、こめかみを掻いた。
———その瞬間。
彼女が突然、私の胸に飛び込んできた。
思わず息を呑む。だが、彼女はつい先ほど父親を亡くしたのだ。それに、まだ高校生くらいの子じゃないか。
私は、すすり泣く朋子ちゃんの頭を、そっと撫でた。
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