八 『裂帛』 樋口 孝嗣 刃根/旧刃根村/02時04分

 奴から放たれた銃弾は不幸中の幸いにも片耳だけに命中し、傷口は熱を持つが致命傷には至らなかった。銃を扱ったことのない人間の思考は単純で、確実に仕留めるために頭を狙うが、素人の腕前ではまず当たらない。しかし、距離が近かったこともあり、弾は耳に命中し、腹立たしいほど血が滴り落ちる。


 傷口を抑えたい衝動を堪え、拳銃を構え銃口を奴に向ける。奴は不器用に弾を装填中だ。今なら仕留められる。引き金を引くと、弾丸は奴の胸部を撃ち抜いた。衰えた身体とは裏腹に、俺の腕はビスで固定したかのようにしっかりと銃を支え、ブレることなく標的を射抜く。

 奴の鎖骨に穴が開き、悶えながら仰向けに倒れた。傷口を押さえ、足をジタバタさせる姿はあまりに惨めだった。

 俺はゆっくりと奴の頭に銃口を近づけ、とどめの一発を撃ち込む。壊れたおもちゃのように暴れていた身体が、電池が切れたように静かになった。


 部屋の中の信者たちに怪我がないか確認したが、銃声が響こうと、彼らは恐怖に耐えながら祈りを捧げ続けていた。

 もはや、彼らは救えない。

 俺は救出を断念し、幹部が抱えていた小銃に目を向ける。


 元信者に取材したときの言葉が脳裏をよぎる。

 急いで施設を抜け出し、隣接する工場へ駆け込んだ。中には加工機が並び、威圧感が漂っている。その間をかいくぐり、必死に地下室への道を探していたが


 バンッ!


 突然の銃声に、反射的に身を低くし物陰へと飛び込んだ。先ほどまで立っていた場所の足元に、硝煙が立ち上る。

 銃声の方向を見ると、一人の男が視界に入る。間違いない、奴も幹部の一人だ。鋼板で作られた二階フロアから狙撃銃を構え、俺を狙っていた。

 俺が進もうとするたびに弾が飛んでくる。軍人でもヤクザでもないただの一般人のはずだが、その威圧感は否めない。俺は前進できず、路頭に迷う。


 ふと、壁に取り付けられたスイッチが目に入り、何も考えず押していた。


 カラクリ屋敷みたいに、奴の床が抜ければいいのに


 そんな幼稚な願いにすがるほど、精神がすり減っていたのかもしれない。だが、当然そんな都合のいい仕掛けはなく、照明がつき辺りが明るくなっただけだった。

 深く落胆したが、その時――――。


「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 狙撃手の悲鳴が響き渡る。何事かと視線を向けると、奴はまるで強力な酸を浴びたかのように悶え苦しんでいた。震える手で照明に向けて銃を構え、弾を放つ。

 奴はその作業を繰り返し、もはや俺には目もくれない。

そして、照明が照らし出したフロアが地下へと続く階段を浮かび上がらせた。


 なんたる僥倖。


 奴が怯んでいる隙に階段へと駆け出す。狙撃を気にすることなく一直線に進み、とうとう地下室への階段を下った。

 目の前には、まるでぬりかべが腰を下ろしたように、重厚感のある鉄扉がどっしりと佇んでいる。

 俺は呼吸を整えながら、全身の力を込めて扉を押し開けた。


 ゆっくりと扉が開き、地下室の全貌が眼前に広がる。


「なんだ……これは?」


 思わず息を呑む。辺り一面に設計図が広がり、中途半端に組み立てられた小銃とその部品が転がっていた。設計図を確認すると、それは先ほど幹部らが持っていた小銃と、その弾薬の設計図だった。


――――教団は武器の密造をしていたのか。


 この日本という国で、ただの宗教団体が武器を製造し、信者を兵として戦わせようとしていた。

 その事実に、戦慄が走る。


 そしてもう一つ、別の恐怖が頭をよぎる。


「完成した銃はどこだ……!?」


 保管されているはずの銃が、どこにもない。

 それは最悪だ。


 幼少期、父を含め、村には戦前から猟師の家系が多く、銃の扱いに長けた者が少なくなかった。

 もし彼らを吸収した異形の手に銃が渡れば、それは奴らの大いなる武力になってしまう。


 俺の最悪のシナリオを証明するかのように、背後から銃声が響く。


 振り返ると、先ほどの狙撃手、そして後方に二人、それぞれが銃を構え、じりじりとこちらへ迫っていた。


 そのうちの一人は昔から俺に優しくしてくれて、狩りの話をよく聞かせてくれた藤田のおっちゃん。

 すっかり年老いたが、その面影は残っており、異形の姿になってもはっきりと分かった。


 そしてもう一人、先ほど施設内でとどめを刺したはずの幹部の男が何事もなかったかのように立っている。


 頭部も、胸部も、俺が撃ち込んだ弾痕は見当たらない。


「畜生、畜生っ……!死なない兵士に、どうしろっていうんだ!?」


 深い絶望に飲み込まれ、抗うことなく、このまま命を捨てようとした――


 だが、そのとき……。

 脳裏にある言葉がよぎった。


『お父さんみたいな人がヒーローになれるわけないのに』


 ヒーロー……?違う、そんなものじゃない。


 そうだ。俺は、この誤解を解くために真実を求め続けたんだ。


 ここで死んでたまるか。


「優実……待っていろ!」


 俺は再び拳銃を構え、狙撃手に向かって引き金を引いた。


 眉間に、穴が開く。


 覚醒したのか、無意識に急所に当てていた。


 しかし、次の弾を撃つ前に、後方の二人が既に引き金を引いていた。


 弾は腹部と大腿筋を貫く。

 本来なら立てないほどの衝撃が襲いかかるはずだが、不思議なことに、「熱い」という感覚が残るだけだった。


 後方の二人にもすかさず弾を撃ち込み、奴らが怯んだ隙に駆け出す。


「絶対……!絶対生きて帰ってみせるからな!!!」


 裂帛の叫びが響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る