六 『銃声』 遠藤 隼人 根ノ町/八良詰/01時33分
「生きてる人間がまだいたんだな…」
目の前に、一人の男が立っていた。俺を見下ろし、呟く。
状況を理解しきれず、情けなく腰を抜かして目を泳がせる俺に、男は手を差し伸べ、立ち上がらせてくれた。
ボソッとお礼を呟き、話しかけようとするも、うまく言葉が出てこない。逡巡する俺を気にも留めず、男は慌ただしく駆け出した。
「そいつは今、気絶してるだけだ! しばらくしたらまた起き上がるぞ! 早く来い!」
足元に目をやると、人間もどきが地面に倒れている。思わず飛び跳ねた。生きている人間に会えた安堵感で、先ほどの恐怖を忘れていた。俺はこの人間のような“何か”に襲われていたのだ。顔の造形も人間と変わらず、不気味だった。
一刻も早くこの場を離れたかったし、一人で行動するより、戦い慣れていそうなあの男と一緒にいた方が生存率は高い。俺は急いで彼の後を追った。
普段の運動不足と体力のなさで、彼に追いつくのは困難だった。しかし、道が開けた先で、彼は息を切らしながら俺を待ってくれていた。
ヒューヒューと笛のような細い呼吸になるほど必死に走り、彼の元へたどり着き、息も絶え絶えにお礼を言った。
「あ……ありが……とう…ございます…。えーと…あの~……」
そういえば、彼の名前を聞いていないことに気づく。そんな俺の様子を察し、彼は短く自己紹介した。
「遠藤 大輔。大輔でいいよ」
遠藤。俺と同じ苗字だ。日本国内では多い苗字だから、仕方ない。
「ありがとうございます、遠藤さん」
「大輔でいいよ。あと、さん付けも敬語も面倒くさいからやめてくれ」
ぶっきらぼうに言われ、他人を名前で呼ぶのに慣れていない俺は少し躊躇した。けれど、彼は俺の命の恩人だ。文句を言っている場合じゃない。
「あ。ありがとう…。大輔」
「そんで、お前は?」
「遠藤……隼人」
同じ苗字なのが、なぜか気恥ずかしい。すると大輔は、小学生のように無邪気な笑顔を浮かべた。
「俺と同じじゃん!」
こんな状況で、まったく緊迫感のない男だな。
「じゃあ、お前は隼人って呼ぶな。よろしく!」
残酷に人々の叫び声が響く異界で、こんなに陽気な男と出会えたことが、俺の心を少し軽くした。おかげで、どもることなく会話を続けられる。
「『生きてる人間がまだいたんだな』って言ってたけど、大輔以外に生存者はいないのか?」
「町のほとんどの人が、あの白いのに取り込まれちまった。
俺はその佐河という女性を見かけていない。というか、彼が探している間、俺は情けなくもトイレに籠り、恐怖に震えていただけだ。黙って首を横に振る。
「そうか。ありがとよ。それでどうする? このままここにいても、奴らに見つかるぞ。俺、この町に来たの初めてでさ、安全な場所とかわかる?」
「駅や建物の中なら安全かも……。駅だ。駅に行こう。駅の近くなら隠れられる建物も多いし、他にも生存者がいるかもしれない」
興奮気味に話す俺とは対照的に、大輔は残念そうな顔で答えた。
「悪いが、駅はもう奴らが蔓延ってた。あれじゃ、多分人もみんな吞み込まれてるだろうな」
「じゃ、じゃあ……人がいないところの方がいいのか……」
俺は頭を抱え、考え込む。この町で、人がいない場所。
脳内に町内マップを思い浮かべ、必死に探す。
「一つある……!」
俺はハッとして呟いた。
「
「できる限り戦いたくはないんだけどなぁ…」
大輔は仕方なさそうに頭を掻き、道を促した。
俺たちは、刃根(旧刃根村)へと向かった。
◆
道中、異形の人間を何度も目撃し、戦闘を避けながら移動した。そのせいで刃根へ着くまでに時間をかけてしまったが、広がる田んぼと細い田舎道には、人の気配がまるでなかった。
白い人間も異形も見当たらない。安堵の息を吐く。
二人で刃根内を歩き回り、隠れられる場所を探していると——。
バンッ!
刃根の野原に建てられた、大きな建物から、銃声が響いた。
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