膝枕
もちろん玉緒は同性愛者ではない。はずである。多分。きっと。
「茉莉ちゃーん」
だがそれはそれとして人肌の温もりを求めたくなるという事は確かにあるのだ。
「なに?」
背後から首まわりを抱かれても茉莉は抵抗しない。一方で興奮をするでもなければ、顔を赤らめるような様子もなかった。
「なんでもない」
適当に往なして茉莉の背中に顔を埋めたりする玉緒であった。
だがふと我に返ればとんでもない事をしているという自覚も首をもたげ、そういう時は敢えて冷静に、というより冷たくあしらいもする。さらに後になるとそれが恥ずかしくまた勝手に思えて一人悶々とするという実にしょうもない話であった。
「猫みたいだね」
茉莉はある時そんな事を言った。
「そうかな?」
玉緒は意外に思って訊き返した。
「名前もタマだし」
茉莉は笑うでもなくそう言った。
「そういう茉莉は犬っぽい」
玉緒のほうは笑ってそう言った。
考えてみると茉莉は犬っぽい。それもゴールデンレトリバーやサモエドのような大型犬のように思えてくる。猫や子供が多少いたずらしても黙ってじっとそれを受け入れているようなところが実に犬っぽかった。健気というか呑気というか。
「じゃあ猫として膝を借りよう」
玉緒はそう言って茉莉の膝の上に頭を乗せた。
「タマはしょうがないなあ」
茉莉はそう言いながら玉緒の髪の毛を優しく撫でた。
「にゃーん」
玉緒もおどけてそう言ったが実は照れ隠しだ。とても気持ちが良かったのだ。茉莉の膝の感触も、髪を撫でてくれるその手の感触も。だが、
──歳下の彼女
そんな言葉を思い出して慌てて頭を外した。そういうんじゃないから。
その日玉緒は昼過ぎに仕事が終わって早々に帰路についた。茉莉はまだ学校の時間なので特にやることはなく、さてどうしようかな、と思いがてらの帰宅だったが、
「あら
マンション前でそんな声をかけられた。
「こんにちは?」
とっさにそう返したがそのランニングトレーナー姿の女性が誰だか分からなかった。芸能人である玉緒は近所付き合いなどしておらず、さらに実質居候のようなものなので管理組合にも入っていない。従って知り合いなど居ない筈だ。
「……ええと」
玉緒がそう言いかけた時に相手がぺこりと頭を下げた。
「こんな格好じゃ分からないですよね、茉莉の母の知世です」
その女性がそう名乗ると玉緒はふたつの意味で慌てた。
ひとつは面識があるのにそれと分からなかった事に、もうひとつは知世があまりにも若く見えた事に。知世はほとんど玉緒と同世代に見えた。
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