第3話 葬華 鼓動

「なんで、開けちゃったの?」


 そこに立っていたのは、少し幼い私だった。幼いと感じるのは顔立ちや、身長からかもしれないが、そこに立っていたのは、まぎれもなく私だ。きっと、先ほどまで一緒にいた葬華なのに違いないはずだが、彼女に色がつくと鏡に写った自分を見ているような気分になる。


 彼女の合成音声のように感じた声は、今では人間らしい抑揚がつき、彼女の大きな眼から流れる涙が、人間であることを証明しているようだった。


 私が一歩、歩こうとするたびに地面はガラスが割れる音を立てる。砕けた時計は、全て3時9分で、止まっていた。


 ここは、こんな荒れた世界だった。そして、真ん中には私の庭園にはなかった、真っ赤な花を咲かせた1輪の彼岸花…。


「あれが、私の葬花なんだ。」


 いつの間にか、彼女が私の横に立っていた。

 葬花――彼女が言っていた、人々のイメージから咲かせられる花。

 彼岸花の花言葉は、知ってる。

 彼岸花の花言葉は、


【悲しき思い出】


 彼女の思い出とは、なんだったのだろう。そんなことを、想像しだす。葬華の思い出。


 ゆっくり彼女の葬花の前に立った。彼岸花の匂いではない、少し強い匂いが鼻を突く。


 お湯をかけたわけでもないのに、記憶を巡る際の無重力感が私を包んだ。


 その匂いが、葬華の記憶を映し出したのだ。


 ***


 始めと同じ産婦人科。病院も一緒。私は、何かに呼ばれるように足を進めた。着いたのは、一つの病室。名前の欄に書かれている名前は、私の母のものだ。


 母は泣いていた。声を押し殺すようにして。母の隣に置いてあったのは2つの紙。それぞれ名前が書いてある。


 青木優花


 青木愛花


 と2つの名前が並んでいる。一つはまぎれもなく、私のもの。もう一つは…。


 プツンと何かが切れるような感覚で時空が歪み始めた。


 ***


 お湯をかけなかったからか、すぐにこちらの世界に戻ってくる。青木愛花――その名前が、頭から離れない。2つ並べて置いてあったのは、愛花も生まれる予定だったから…。そして、今までで愛花を知らなかったのは、愛花が生きていないから…。


 もし、双子なら愛花は私に似て、葬華のようなことなんだろうか?なら、もし葬華の葬花がこの彼岸花なら…。ある事実に気づいた。知りたくなかったような、知らなくてはならないような真実。


「バレちゃったか…。頑張ったんだけどな…。」


 彼女はいたずらっ子のように微笑むと、私の隣に立っていった。


「そうだよ。優花さん。私は、貴方の妹か、姉になる可能性があったもの人間。そして、誰にもその名を呼ばれることもなく死んでしまったもの。」


 なんで、言ってくれなかったの?でも、いっか…。私ももう死ぬ。一緒に姉妹そろって死後の世界に行くのもいいのかもしれない。それが、家族というものなのかもしれない。


 しかし、彼女は自分の葬花の花を折ると赤い彼岸花を私の胸に当てる。その瞬間、私の中に止まっていたもの心臓が、力強い鼓動を打った。


「じゃあね。優花。貴方の思い出を見るのは楽しかったし、悲しかったよ。私も、生きているみたいで楽しかったし。安心して、優花まだ人生は終わってないから。私が、終わらせないから…。私が生きる予定だった分の時を上げる。いつか、優花の葬花思い出を見る時は、私にも見せてね。」


 彼女の言葉とともに、空間が崩れ歪んでいく。地面に散らばっていた時計は、蝶に姿を変え私を遠い空の上に連れて行こうとする。


 私は何かを言いたいはずなのだが、言わなくてはいけないはずなのだが、言葉にできなかった。だか、私は彼女に1言だけ言葉を送ることができた。


「愛花」


 彼女は名前を呼ばれなかった、ただの葬ることしかできない存在じゃない。ちゃんと、名前があって本当ならもっと、たくさんの人に愛されるはずだった。それが愛花であり、葬華だ。


 最後に見た私の片割れは、笑顔でずっと手を降っていた。


 崩れていく世界の中で――


 ✾✾✾


 気がつくと、ベットの上に寝かされていた。


 河川敷で見つかった私は、救急車で運ばれ、そのまま病院へ。半日、目を覚まさなかったらしい。検査で異常はなかったので、帰らせてもらうことにした。



 河川敷の道を通る時、ある親子が、隣を通った。


「ママ、あれ、なんていうお花?赤いのじゃないね。」


 まだ、小学校低学年ぐらいの女の子が、母親に聞いている。母親は、微笑むと「ほんとだね」と言い、


「前の彼岸花はなくなちゃったね。でも、このきれいな青色の花はね、"デルフィニウム"っていって『貴方に幸運を振りまく』っていう意味があるんだよ。」


 貴方に幸運を…。なぜか頭の中では、綺麗な花たちが咲きほこる庭園で、愛花が笑っているような気がした。



「コラム」

 ジャスミン――貴方と一緒にいたい。

 アヤメ―――希望、愛

 エリカ――孤独、寂しさ(名前は記載していませんが、エリカを書いたつもりです。)

 彼岸花(赤)――(別の意味)また、貴方とあう日を楽しみに

 デルフィニウム――清明、貴方を幸せにしますなど、幸福を振りまく花と呼ばれる。

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手向けられた花の色は… 風鳴 ホロン @Holon

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