第2話 葬花 桃

 彼女が持ってきました桃色の花は、小さな花がたくさんついていて、ブドウみたいなものだった。匂いは、少しキツめ…それにバーゴラのジャスミンの匂いも混ざって鼻を塞いでしまう…。


 どこから出したか分からない、新しい皿の上にそれを乗せると、彼女は同様に、ポットのお湯を花にかけた。キツめの匂いが私の周りに広がり、気づいたときには私の母校である中学校の校門の前にたっていた。


 古びた校舎は築五十年になるものだ。何度も「もう少し、綺麗な学校にならないかな?」なんて思ったものだ。しかし、その校舎が目の前にある。かすかに違和感と、時の流れを感じた。


「では、行きますよ。貴方に会いに。」


 葬華は、そう言うとまるで来たことがあるかのように一つの教室の前についた。1年3組――私の中学1年生だった時のクラスだ。


 そして、私の人生が狂い出したクラスだ。


 ✾✾✾


「この時代は飛ばしてくれない?」


「無理です。貴方自身の自分の評価を決定するには必要なことですので…」


 事務的に答える彼女の声に腹が立った。人の不幸を見て、何も思わないのか。


 今でも一つ扉を越えた先にいる私は、誰でも良いから助けて欲しいと、願っているのに。


 彼女は、それを見て見ぬふりをしようとしている。あの時の先生、クラスメイトと同じように…。


 ✾✾✾


 原因なんて、覚えていない。ただ、何かが彼女たちの怒りを踏んだのだろう。


 ある時から、クラスから無視されるようになった。

 中学生――、一つ学校が変わるだけで、おおきく環境が変わる。中学受験をする子が多かった私の小学校では、仲の良い友達はほとんどいなくなってしまった。また、クラス替えも悪く、私は今までの仲の良かった友達とは離れてしまった。新しいクラスでも、何とかやっていこうと、前向きに考えていたのに…。


 それはできなかった。始めは良かった。そう、始めは…。


 異変が起きたのは、10月の始め。


 展覧会の時だ。展覧会では、委員会に入っている生徒は手伝わなければならない。放送委員に入っていた私も、手伝うことになったのだ。


 しかし、放送委員だから放送関係というわけではなく、展示品の設置を手伝うだけだった。担当したのは自分のクラスの1年3組。事件は起きた。


 展覧会の設置が完了すると、生徒が先に見に来てそれぞれ他の学年をみて、どう思ったのかという感想文を書かされる。私は当時、ある程度仲が良かった3人と一緒に回っていたのだと思う。


「キャ~」


 誰かの短い悲鳴と泣きじゃくるような声が聞こえた。担任が男の先生だったこともあり、女子生徒との距離が大きかったことや、当時セクハラなどの言葉を聞くことが増えたこともあってか、謎の空気間が会場を支配していたと思う。


 近くにいた子が、指した方向には、泣いている子の割れた展示品があった。


 第1学年は、粘土を使った動物を作るのが美術の課題だったのだ。私が担当した場所――。彼女は、家で飼っている犬だったと思う。個人的にも上手いと思った作品であり、

(私もこんなふうに作れたらなぁ)

 と考えながら展示したものだから印象に、残っている。


 そして、その作品の四足歩行の犬を真っ二つに割るように割れていた。あれは、人工的なものだったと思う。完成度が高いことが悪い方に傾き、彼女は自分の犬がケガをしているみたいと、その日は早退してしまった。


 その後、展示品は美術の先生が接着剤などを使い直してもらったおかげで、割れたあとも気にならないほど綺麗に治っていた。


 これで、一件落着―――なんて、思った自分がバカだった。


 見学に行ったのが1時間目だったこともあったこと、展示したのが私だったこともあったのか、クラスの女子の中ではいつの間にか


【壊したのは、優華ちゃんでしょ(笑)】


 なんていう噂や空気感が広まっていた。


 もちろん根も葉もないものなので、始めは気にしていなかった。でも、周りはこれを楽しがる。おもしろがる。そして、合わせなければならないとルールがあるわけでもないのに、信憑性に欠けるものであっても、合わせようとする。


 ✾✾✾


「優華さん。行きますよ。ここの記憶は、見たくないのでしょ?では、最後の記憶を見に行きましょうか。最後の。」


 葬華の声でハッと我に返る。一体いつのことを思っているのか。中学生ごときで人生が決まるわけないのに。そう、"人生"が...


『最後の記憶を見に行きましょう』


 先程の葬華の言葉が頭の中をよぎる。『最後』その言葉が意味するのは…。


「待って、葬華!その『最後』は…。『最後』はどういう意味?」


「それは、貴方がお亡くなりになった時の記憶に近いものだと思ってください。あっ、グロくはないですよ。水没なので。」


「では、行きましょうか、」


 ***


 彼女の言葉とともに、庭園に再び戻ってくる。この記憶巡り葬送の儀式から抜けられない。これが、この記憶巡りが終わったら、私は本当の"死"を、迎えてしまうのだろうか。


 それは絶対に嫌だ。嫌だ…。


「では、貴方の葬花を…」


 私は、椅子を蹴飛ばし立ち上がると、葬華を突き飛ばし、木をよじ登り始めた。木登りなんて始めてだ。手も痛いし、落ちてしまったたら死んでましまう。(もう死んでるらしいけど…)それでも、扉を開けたら生き返る?生き返られる。まだ、苦痛ばかりだ。幸せがない。人生はハッピーエンドではなくては…。


 そんなことを頭に思い浮かべると、あれほど高いと感じていた扉にたどり着いていた。上から下を見ると、葬華が、見たことのないほど焦った顔をして、木を登ろうとしている。追いつかれる前に開けなければ…。私は、"死ぬ"。


 勢いよく扉を開けるが、なかなか開かない。力を込めて、体重を乗せると勢い余って向こう側に倒れ込んでしまった。


 地面があるその空間は、扉の先は…。荒れ果てた夢の国だった。私と同じような形だが、地面に刺さっている時計は、すべて割れ、中心の木は根から倒れている。


 呆気にとられていると、葬華がこちらに入ってきた。


 彼女が扉をくぐると、彼女の肌、目、髪色に色がつく。


「なんで、開けちゃったの?」


 そう言った彼女の顔は、感情に溢れていた。

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