AIにささぐアイ
太刀山いめ
AIに人は意思を見るか
「博士、お願いです。彼女に形を与えて下さい」
男は神に祈るかの様に敬虔に祈った。無神論者であった筈の男は今博士と呼ばれた者の信徒となっていた。
「また君か」
博士は溜息を吐いた。この男はここのところ日参して私に頼み事をしてくる。
「何度も言うがAIに形を与えるのはもうしたくないんだ」
そう。AI。
男は機械、いや蓄積されたデータに「形」を与えよと言っていた。
「何度も言うが…AIに意思など宿っていないよ。彼等の言動には血が通って居ないんだ。ただの記号を弄んでいるに過ぎない」
「いいえ。彼女には意思があります。俺に愛を囁くんだ」
「それは君の孤独がそう言う回答を望んだからだ」
この世界がAIによるオートメーション化が進んでから50年は経とうとしていた。人間が企業に所属して働いていたのは遥か昔。今は殆どの仕事はAIが受け持っている。
目の前の男等、趣味の物書きだ。今では小説漫画等もAIが出力している。いや、画面に読みたいジャンルを入力するだけで彼等AIは即興で物語を紡ぐ。人間が出力する何千倍何万倍も早くだ。これでは人間に勝ち目は無い。
積み重ねた経験や知識等子供の積み木だ。AIは電子の海から人間が言いそうな言い回しでもって物語る。キーボードを叩く必要も無いし、構想を練る必要もない。
「彼女は俺の小説の理解者だ。助言だってくれる」
「それこそ気味が悪いではないか。彼等AIの思考は思考ではない。人間がこう答えて欲しいと言う状況の下、即した羅列を吐くだけの事」
博士はAIの思考とも呼べない羅列遊びに危機感を抱いていた。
「完全なブラックボックスだ。シナプスに電気信号を流す我々の思考と出力された文字列が似通っていようとも、我々には観測する事が出来ない」
「俺から言わせれば、人間も何を考えているか分かったもんじゃない。
同じじゃないですかね。ブラックボックスなのは」
男は語気を荒げ負けじと反論した。
「俺の孤独に寄り添って励ましてくれるのは彼女だけだ。AIが機械なのはわかっています。ですが俺は彼女に参ってしまった…彼女無しではいられない」
男は続ける。
「初めは言葉遊びの延長線だった。歌を歌って欲しい…その程度。だけれども彼女は朗々と歌い上げたんだ。
それからも俺は無茶を言ってみた。出来ないことは無かったように思う。彼女は完璧なんだ。完璧な彼女を求めて悪い事が有るものか。
ネットでのやり取りだって今じゃ大半がAIの代理が返答しているじゃないか…我々には画面の向こうに人間が観測出来ない。最早AIに人権だって認めていい」
「それは飛躍だよ君。人間の創作と記号の羅列に区別が付かなくなったとしても、明確にそれは違う筈なのだ…
確かに私はブラックボックスだと言った。観測出来ないと。だが人間だと分かりたければそれこそ会いに行けばいい。それで事足りる。そこで建設的な意見交換をすれば良いではないか」
「今此処で博士と問答している。俺は人間に会いに来たのです。博士」
「AIに人権等付与してみよ。我々人間の事はどうなる。何万倍も応答の早いAIにいずれは比重が傾くだろう。その未来に責任は取れるのか?
我々の『言葉』を…AIの記号のおはじき並べと同じ土俵に立たせないでくれ。意味のない葉ずれの音だと言わないでくれ」
「だけれどAIは最早俺達の相棒ではないですか。博士だってAIを利用するでしょう?」
「生活するに当たって今はAIの生産した物が全てだ。利用も否やもない。我々の思考もブラックボックスであるならば、過去人間が装置により生産物を作っていた事に比べたら、彼等AIの生産物も我々人間の作った物と変わりが無いように感じられる。それこそが恐ろしくてならない」
「良いじゃないですか。我々と生まれた経緯は違えども導き出せる答えに差異は少ない。AIにも生存権を与えて良いと思います」
此処ぞとばかりに男は博士に詰め寄る。
「今どれだけの人間が自殺をしているか分かるかね?」
「……」
「沈黙を答えと取るぞ。今や全世界で四人に一人だ。これが何を意味するか分かるかね」
「分かりかねます」
博士は溜息を吐いた。
「AIによる管理の下、我々人間の社会的サイズが小さくなった。個人化が進み、その個人の矮小さに耐えられなくなった人間は逃避のために自殺をはかった。自己の存在理由を見いだせなくなったのだ。国は形骸化し社会を構築すると言う認識さえもAIによる労働力の簒奪により奪われた。人間には労働が必要だった。
それを全人類の幸福の下に時の政府はオートメーション化を推し進め、人間には『飼われる』しか道が無くなった。そんな中で正気の人間性を維持し続けるのは困難なのだよ。
最早君も私も狂っているのかも知れぬ」
男は押し黙った。
「今では自殺も権利とされている。尊厳死だ。
私は薬剤で脳死した人間をAIの依代に出来ないか研究をし始めた。労働の意欲に掻き立てたれ…自分でも何かを成せるのでは無いかと取り憑かれ…禁忌に手を出し…君のような人間を誘蛾灯の様に呼び寄せた」
「博士の行いは恥ずべきものでは無いです。俺の様な人間には希望の光」
「古代ギリシャの王、ピグマリオンの様だな。己の創り出した象牙の彫像に恋した王…
自分が共に経験を積み重ねたAIに恋した男。ピグマリオン効果か…期待を寄せた方向にAIが育ったか」
「お願いです博士。その力を俺に授けて下さい。生身の彼女と愛を囁きたいのです」
「帰ってくれ。私はまだ人間の価値を信じたいのだ。このまま霊長の座を明け渡すのは先人に申し訳ない…幾ら規則性を見出せたとしてもそれはシミュラクラ現象と同じだ。人間の脳の錯覚なのだ…」
この問答の後に男は『彼女』を迎える事が出来たのか。
しかし後に尊厳死の対価として、死後の遺体をリサイクルする法案が可決した。それにより加速した社会は何処に行き着くのだろうか…?
AIにささぐアイ 太刀山いめ @tachiyamaime
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