ゴミ拾いで恋拾い

うたた寝

第1話


『ボランティア』。それは自発的に他の人や社会のために無償で行う活動のこと。とても尊い行為でとても立派な行為でとても意義のある行為でとても良いことだとは思う。

 しかし、それは強制された瞬間、果たして『ボランティア』と呼んでもいいのだろうか? 自発的に誰かのため、何かのため、を思って活動するのがボランティアの大切で大事な部分なのではないだろうか? 対価、が発生した時点でそれはボランティアとは言えないのではないだろうか?

 例えばだが。会社の査定項目に月一のボランティアが含まれており、ボランティアに行かなければ会社の評価が下がるため嫌々ボランティアに参加していたとしたら、そのボランティアには一体何の意味があるのだろうか?

 社員は貴重な休みの日が潰れるし、ボランティア側も嫌々やっている人が現れるし、お互いにとっていいことが無いではないか。こういうのは無理やりやらせては意味が無いのだ。自発的にやるからこそ尊くて意味があるのだ。誰かが強制してボランティアに行かせるなんて間違っているのではないか。

 まぁつまり、長々何が言いたいかというと、

「……あのさ?」

「はい?」

「文句言うな、とは言わないけど手は動かしてくれる?」

「はい」

 休みてー、ってことである。



 社会人にとって土日の週二回の休みがどれほど貴重なことか。その貴重な休みを一回消費させられるなんて立派な労働だと思うのだが、残念なことにここに給与は発生しない。往復の交通費さえ支給されない。まぁ、ボランティア、と考えれば自然なことかもしれないが。

 直接この活動で賃金は発生しないのだが、行かないと今期の査定の結果にもろに響くのである。最低でも月一がボーダーライン。それを行かなければマイナス評価。二回行けばプラス評価となる。

 ある種、行きさえすれば評価が貰えるので美味しい査定項目と言えないこともないのだが、最低でも月一回、半年で6回の休みを消耗する対価に等しいか、と言われるとやや怪しいところ。

 給与出せ、なんて贅沢言わないからせめて交通費くらい会社側から支給してほしいものである。実質マイナスなのである。開催場所によっては1時間くらいかけてきているのだ。この手の活動は朝も早いし。今日も6時起きで地域の清掃活動に遠路はるばる参加している。

 しかも貴重な休みを潰して朝早起きして電車に揺られて時間かけてまで遠路はるばる縁も所縁も無い地域の清掃活動に来てやっているにも関わらず、その地域の住民に邪魔扱いされるのだからやってられない。

 中には、うわぁ……、ゴミなんて拾ってるよ……、って何か凄い蔑んだ目で見てくる輩も居るし。言っとくけどお前たちの町を綺麗にしてやってるんだからな? 土下座して涙を流してお礼を言え?

 自転車でチリンチリン鳴らされてボランティア集団の真ん中を突っ切られた時にはその後頭部にゴミ拾いで使っている長いトングを投げつけてやろうかとさえ思った。同期が慌てて止めていなければ恐らく投げていただろう。

 言っている傍からゴミ拾いしている人間の目の前でゴミ捨てていく奴も居るし。どういう教育を受ければああなるんだ。親の顔が見てみたい。『落とし物ですよ』と親切に落としていったゴミでも相手に投げ付けてやりたいところだ。

 まぁ、ゴミを投げつけるなんて下品な真似しないが。彼女はこう見えても淑女なのだ。ここはお上品に、

「「ちっ」」

 お上品? に優雅に舌打ちをしたところ、その舌打ちが横の人とハモった。おや、気が合うわね、と彼女が舌打ちをした相手の方を見ると、

「………………」

 目と目が合った瞬間、テンテテン! テンテテン! とLove so sweetのイントロが流れ始めようしたが、

「タイム!」

 私はつくし、貴方は道明寺。私は井上真央、貴方は松本潤。などと遊んでいる場合ではない。異常事態発生である。彼女は至急タイムアウトを要請し、同期の元へとひた走る。

「ねぇねぇねぇねぇ」

「なになになになに?」

「イケメン居るんだけど」

「イケメン居るね」

 ここまでは朗報である。イケメンが傍に居て悲しむ女子も居ない。どんな女子でも多少なりテンションが上がるだろう。問題は、だ。

「あたしすっぴんで来ちゃったんだけど」

「うん。すっぴんで来たなー、とは思った」

 普段職場に行く時でさえとりあえずはメイクをしていくというのに、今日はしていない。最初の時は一応ボランティアの時もしてきていたのだが、ボランティアの日は朝が早いこともあるし、どうせゴミ拾いで歩き回るしでメイクなんていいや、ってことで途中からしなくなった。

 実際、みんなゴミに夢中だし、何ならゴミ拾いをする際にバッチリメイク決めていると、アイツ何しに来たんだ? と若干浮くことさえあるのだが、イケメンが居るのであれば話は別だ。

「何で教えてくれないのさっ!?」

「えー私が悪いのー? イケメンが来るかどうかまで把握してないぜ?」

 しまった。失敗した。職場なんてロクに出会いも無い場所に化粧するくらいなのであれば、絶対今日しっかりとしてくるべきだった。……いや待てよ?

「でもイケメンだから多分彼女居るよね?」

「そりゃイケメンだからね。可能性高いんじゃない?」

「じゃあいいか」

「切り替えはやー」

 彼女持ちにアピールしたところで仕方ない。メイク用具もタダではないのだ。しかし彼女持ちでもイケメンはイケメン。目の保養効果としては十分。早起きした甲斐もあったというものだ。

 イケメン~イケメン~ルンルンルン~、と。タイムアウトを終え、テンション高めに彼の元へと舞い戻る彼女。突如目の前で発生したタイムに不思議そうな顔をしていたものの、彼はそこには触れずに、

「ボランティアにはよく来られるんですか?」

「ああ、まぁ、かいうごぉっ!?」

 同期が余計なことを言おうとしたので肘鉄を鳩尾に入れて黙らせる彼女。来ないと査定の評価に響くから嫌々無理やり渋々来ているなんていう事情向こうは知らないのだから、わざわざ教えることなんてないのである。

『てめぇ……、後で覚えとけよ……』。蹲っている同期が何か言っているが聞こえなかったことにしておこう。……聞こえなかったことにはしておくが、怖いので今度ちょっといいランチでも奢っておくことにしよう。

 さて、彼には何と告げようか。綺麗好き? いや、ボロが出るな。奉仕活動が好き? ……なんか寒気がしたな。向こうが幻滅しない動機なら何でもいいのだが、と彼女が考えていると、

「私は会社に『行ってこい!』と言われまして、今回初参加なんですよ」

「………………」

 しばしの静寂。

「奇遇ですねー。私たちもですー」

 秘技・手のひら返し。会話のコツは相手の会話のテンションと合わせることである。ゆえに向こうが自主的にやる気満々で来ているのであればテンションを偽造して合わせなければいけないと思っていたところだが、向こうも会社に言われて来ているのであれば素のテンションで問題無い。無理にこっちが奉仕活動大好きキャラを作ることもない。『てめぇ……、肘鉄食らい損じゃねーか……』と未だ蹲っている同期が呻いている。

「あ、お二人もなんですか。面倒くさいですよねー」

 面倒くさいとは言いつつ、彼の持っているゴミ袋には大量のゴミが入っている。口では何だかんだと言いつつ真面目なのだろう。サボりてー、と言いつつサボれないタイプと見た。

 いいな、性格もいいな。こういう時に女子の前でかっこつけないところとか好印象だな。え? ひょっとして女子として見られていない? 化粧していないから? 男性と間違えられている? ……ひえー。

 流石に男と間違えるほどじゃないよなー、とそこにはある程度の自信はある彼女だが、寝起きすっぴんで来たわけなので若干怪しいかもしれない。後でお手洗いの鏡でも見て自分の顔を確認することとしよう。

 まぁ、顔の工事は今すぐにはできないし、何なら更地の状態を今見られたわけだから今さら繕ったところでだ。こうなれば行動で示すしかない。彼女は少なくとも彼に負けない程度にはゴミを拾い集めることにした。


 査定の項目としてあるから。現場にイケメンが居るから。だからボランティアを頑張る。

 人によっては『不純な動機』と言われてしまうかもしれない動機かもしれないが、本人のやる気が出るのであれば、動機なんて何だっていいのではないだろうか。

 少なくとも、やる気の無い人が嫌々やっているよりは、やる気のある人が居た方が嬉しいだろう。


 彼も会社に言われて来ていると言っていた。きっとまた会う機会もあるだろう。

 ボランティアに来る楽しみができた。今まで思ったこともない感情だが、次のボランティアの日がちょっと楽しみになった彼女だった。

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