第3話
震える指でスマートフォンを握りしめ、改めて画面を見つめる。
(ありえない……早織は、病院のベッドの上で眠ったままのはずだ)
何かの悪戯か、それともシステムのバグか。
そう考えようとするが、「Saori」 という署名が、それを否定する。
もしこれが偶然だとしたら、あまりにもできすぎている。
「……確認するしかない」
タクトはスマホをポケットに押し込み、立ち上がった。
行き先は決まっている。
早織が眠る病院へ——。
夜の病院は静かだった。
消灯時間を過ぎ、廊下にはほとんど人影がない。
タクトは足音を殺しながら、慣れた道を進んだ。
何度もここへ足を運んでいる。
早織の状態は変わらないとわかっているのに、それでも。
——そして、病室の前に立つ。
「……早織」
カーテンの隙間から漏れる微かな光。
心を落ち着けるように息を整え、そっと扉を開けた。
そこには——
眠り続ける早織の姿があった。
変わらない。
いつものように、静かに呼吸をしている。
(やっぱり……)
期待と不安が入り混じる中、タクトはベッドの横に座った。
枕元に置かれた母親の差し入れのぬいぐるみ、乾いた花瓶の花。
そして、機械的な電子音を立てる生命維持装置。
彼女は、ここにいる。
なのに——。
「……どうして、俺にメールを送った?」
思わず呟いたその時。
——ピピピピッ
心拍モニターの音が、一瞬だけ乱れた。
「……え?」
驚いてモニターを見上げる。
心拍はすぐに元に戻るが、タクトの胸騒ぎは消えなかった。
——まるで、彼の言葉に応えたかのように。
まるで、早織がここにいないとでもいうように——。
帰り道、タクトはスマホの画面を何度も確認した。
メールには送信履歴も、返信の宛先もない。
何かがおかしい。
(デジタル世界に、早織の意識が……?)
そんな馬鹿げた考えが、頭をよぎる。
もしも彼女の意識が肉体を離れ、別の世界に囚われているのだとしたら——
(俺は、そこへ行けるのか?)
考えても答えは出ない。
だが、タクトの中には確信があった。
このままでは、早織は「消えてしまう」。
その夜、彼は意を決して、未知なる世界へ踏み込む方法を探し始めた。
——それが、後戻りできない旅の始まりになるとも知らずに。
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