第4話 夜明け

「こんな夜更けになんだい?エラ」


 私は箒を手に継母の前に立っていた。継母の両脇には義理の姉妹が冷たい笑みを浮かべている。

 彼女達は夜の団らんを楽しんでいた。私が一度も口にしたことがないお菓子や高価な食事や飲み物がテーブルの上に見える。


「……私はここから出て行く。だから、お金と着るもの。それと馬。武器をください」


 私の要求に継母達が笑い声を上げた。


「何を言うのかと思ったら。寝ぼけてるんじゃないのかい?」

「ドレスとかぼちゃの馬車なら分かるけど武器って……ねえ?」

「汚いからあっちに行ってなさいよ」


 全く相手にしない彼女達に私は低い声で続ける。


「二度は言わない……。早くして」


 本の精霊が言っていた言葉を真似して言ってみる。私の生意気な態度に継母がついに怒った。


「その生意気な態度はなんだい?調子に乗るんじゃないよ!そんな口をきくようなら、しばらく飯抜きにしてやるからね!」


 椅子から立ち上がると手を大きく振りかぶる。何度このヒステリックな、甲高い声とぶたれると分かる瞬間に恐怖したことか。

 本音を言えば今だって少し怖い。小さい頃から染みついた恐怖というのはそう簡単に拭い去ることはできないのだと思った。

 でも……今の私に怖がっている暇なんてないのだ。私にはやらなければならないことがある!ここを抜け出さなければやり遂げることはできない。


 継母の手が振り下ろされると同時に私はその腕をがっしりと掴んだ。そのまま外側に腕を捻りつつ継母の足を引っかけて床に転がす。

 ドンッという鈍い音が部屋に響き渡った。

 私の行動に驚いた義理の姉妹たちがワンテンポ遅れて声を上げる。


「なっ……お母様に何するのよ!」

「離れなさい!あっちへ行きなさいよ!」


 義理の姉妹たちはテーブルの上にあった皿やワイングラスを私に向かって投げてきた……が私はそのことごとくを側にあった箒で打ち払った。


「あんたたち!私にもぶつかるからやめなさい!」


 悲鳴のような継母の言葉に姉妹たちの手が止まる。私はそこらへんに散らばったガラスの破片を拾い上げると継母の喉元に宛がった。継母がこくんっと息を呑む音を聞く。


「早く。言われたとおりに準備して」


 私の真剣な眼差しに継母も姉妹たちも顔を青ざめさせて人形みたいにこくこくと首を縦に振った。


「そんなことをしてもお前はどこへも行けないよ……」

「どうせどこかで野垂れ死ぬわ」

「そんな古い剣を持っていったって何の助けにもならないよ!」


 旅支度をする私の後ろで継母達がぶつぶつと呪いの言葉を呟く。私は振り返って彼女達に言ってやった。

 どうせこれがこの人達と最後に交わす言葉になるんだから、どう思われてもいいと思って。


「勝手に言ってなさい」


 本の精霊だったらこんな風に言うだろうな、と思って私が考えた台詞だ。不思議なことにそれ以上、継母達が口を開くことは無かった。

 馬の世話は私がしていたし、乗馬も小さい頃から得意だったので戸惑うことは無かった。こんなに簡単にあの屋敷から抜け出せるなんて。

 あまりにも呆気ない。

 今まで私はなぜ頑なにあの場所に拘っていたのか。継母達にびくびくしていたのか分からなくなっていた。


 もういいんだ。そんなことはもうどうでも。


 それよりも私には向かわなければならない場所がある。

 振り返ってみた屋敷が一回り小さく見えた。小さいときは立派で大きな屋敷だと思っていたのに。よく見たらあちこちヒビが入っていてみすぼらしい建物に見えた。

 夜明けの空の下。

 私は家に残された唯一の家宝である古びた剣を胸に抱え、光が差す方に向かってひたすら馬を駆けた。


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