05-02 言葉とチカラ

「ごめんね、嶋くん。今回はね、どうしても……太陽くんとお話したかったから」

「そりゃ、わかりますが……オレらで説得した方が早いですよ、そんなガキ」

「ふふ、君の異能も進化したんだから、安全だよ」

「ですけどね、万能じゃないんですってば、自分以外は」


 忌々しそうに吐き捨てる、嶋くんと呼ばれた男。あっけにとられてる一絵を見て少し笑うと。


「ま……オレ一人なら、無敵なんだがね」

「一絵ッ!」


 一瞬でかき消え、彼女の斜め上空、背後にワープ。長いツインテールをひっつかむと、そのまま地面に引きずり倒す。自転車はガシャン、駐車場の地面に横倒し……くそ、どれだけ進化したんだ、あいつの異能……!? 他人まで動かせるようになった上、見えてる範囲にワープできるようになったってことか……!?


「んぎっ……! こっん、のッ…………!」


 一絵の髪を絡め取って体を密着させ、そこから首にチョークスリーパー。くそっ、こいつ、たぶん、対策を練ってきてる……! 距離をとられるより、潰される方が一絵にとっては圧倒的不利だ……! なにより、自転車と離されちまった……!


「太陽くん、あの子のことが気になるんだね、やっぱり。嶋くんってホント容赦がないから、大変なことになっちゃうよ、きっと」


 雨咲が肩越し、一絵とあのツーブロック男を振り返り、僕に向き直る。


「……総理の身柄は抑えた、あとは洗脳すりゃオッケー、異能主義者にテロを起こさせてそれをEQの人たちが解決する、泣いた赤鬼作戦も成功しそう……なら、とっととずらかればいいじゃないですか。おめでとさんです、人間主義ヒューマニズムだって、これ以上なんにもしなくたって復権するでしょうよ、この上なんでわざわざ僕たちに……」


 嶋に裸締めを喰らいながらも、なんとかそれを振りほどこうとあがく一絵を見ながら、僕は呟く。だが、僕の焦燥感が伝わったのか、雨咲は余裕の笑みを見せた。


「それだけじゃ、足りないからだよ」


 ゆっくり、僕に歩み寄り。

 すっ、と僕の手を取った。


「私の理想は、すべての異能と、異能者の消滅……けど、現実問題それは、人類滅亡にしかならない……なら、どうすればいいと思う?」

「は、はあ……?」


 僕は雨咲の意図が掴めない。


 ……彼女が洗脳異能持ちなのは、予想がつく。だけど、それをまだやって来てないってことは、かけるための条件があるってことだ。肉体的接触だけじゃない、たぶん、言葉でのやりとりによるなにかのスイッチ、発動条件的なヤツが……いや、一絵を人質にとって、的な行動をやってきてる以上、そう思わせて僕の精神にプレッシャーをかけるのが目的……? なんなんだ……くそっ……!?




「なんなんだよ、くそっ……!?」

「えー、太陽くんなら、思いつくと思ったのに……ふふ、それも今は無理か、愛しのあの子が他の男の腕の中にいるんだもんね」


 くすくす笑う雨咲は、続けて、言う。




「……たとえば……そうだね。君の〈三つの願いモンキー・マジック〉に、願えばいい。君の周囲一キロにいた人間は、生涯異能を使えなくなってしまうチカラを、君が手に入れる、だとか……」




 …………言われて、思った。




 ……………………なるほど。




 現実的では、ある。




「理解はできる、って顔をしてるね、やっぱり。君は頭がいいって知ってたけど……」

「……社会のライフラインを維持できる程度に異能をのこしつつ……他の人間は根気よく、異能を消してく……年単位、十年単位……ひょっとすると百年単位で……将来的には、すべての異能を消す……ってこと、か……」


 僕の健康状態が悪くなりそうなら、それを回復させる異能を作ればいい。もしくは、寿命を延ばす異能。連中ならできるはずだ。それで僕は、生きる異能消滅ウィルスみたいになって……新宿駅とか、タイムズスクエアとか、そういう場所にいるだけでいい。新生児は必ず一度、僕の支配地域に来るようにさせて……。


「私もバカじゃないから、社会は少しずつしか変わらないってことは身に染みてるんだ。それならきっと……百年以内には、少なくとも日本からは、異能者を消してしまえる」

「そんな……こと……どうやってその間……」

「治安、安全保障はその間、私たちEQが請け負うよ」


 にんまりと笑う雨咲。


「あそこの嶋くんはEQの実行部隊、大憲章マグナ・カルタの一人でね、あれぐらいの異能と戦闘能力……一人で国家を滅ぼせるクラスのチカラを持った人間が、あと十一人いる。今の彼は、その気になったら……ねえ、嶋くん、どれぐらい行ける?」

「そっすね……視界に収めてりゃですけど……一万人を火山の中とか、マリアナ海溝とかに一気に送るのを、十分に一回できますね」

「ね? 博士のおかげで、チカラはこれからも増やそうと思えば増やせるし、安心でしょ?」


 こともなげに会話をする、雨咲と嶋。

 その間も。


「んぐっ……ぐっ…………」


 裸締めから逃れられない一絵の顔が、どんどん赤に染まってく。

 それでも彼女は、ガリガリ、嶋の腕に爪を立てる。噛みつこうとさえして、それでますます、首を絞められる。




「なあ坊主……今このメスガキの首を絞めてるのは、オマエなんだぜ」




 わざわざ僕に聞こえるような大声で言う嶋。




「世界と、彼女と、君自身と……一番良いって思える選択は……? 太陽くん、お願い、EQに来て。EQを……私を……雨咲紫子を、受け入れて……この世界を完璧にできるとは、私は言わないよ。でも……」




 僕の手を取り、胸の前で握り締める雨咲。




「この世界を、今日より少しでも、いい場所にしたい。私が、私たちがしたいのは、ただそれだけなの。無能が悪だって言われない世界。異能が善だってならない世界。邪悪な異能がない世界。人間が、あるがままの人間でいられる世界……それを、目指して……」




「たいっ……よっ……ぅっ……!」


 


 もがきながら、声を漏らす一絵。




「せ……洗脳、して……やらせれば、いいじゃない、かよ……」




 僕は途切れ途切れに、そんなことしか言えない。




 けど、そこで雨咲は笑った。




「どうして? 太陽くんは仲間だもの。私は仲間を洗脳したことなんて、一度もないよ。異能のせいで苦しんでる人は、みんな、私たちの仲間。EQのために働いてくれるかどうかじゃ、ないからね」




 その目は、一つもウソのない目だった。

 澄んでいて、きれいで。




「なあガキ、オレがこいつの首締めてるウチに決めた方がいいぜ、普通こういうの銃だのナイフだのを突きつけてやるもんだ。オレはこっちはあんま慣れてねえからよ、はずみで殺しちまうかもしれねえなぁ」




「たっ…………よっ…………」




 一絵の動きがどんどん、鈍くなってく。




 EQを受け入れる。雨咲紫子を受け入れる。

 この世界を、もう少しだけ、マシな場所にする。


 そう考えると、どうしてか、納得がいく気がした。




 世界に対して酸っぱい葡萄と逆ギレルサンチマンを燃やしきれないで、無関心を決め込んで、自分の中の世界に逃げ込むだけだった僕は……僕は……。




 そして、決心した。




「……さっき言ってた異能を、僕に作る……それで、いいのか……?」

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