第3章 プロ異能バトルリーグ

01 本と新人

「将棋、知ってる?」


 僕は言った。


「太陽くん、私をなんだと思ってるわけ? 将棋ぐらい知ってますぅ~」


 ちょっとムっとした口調ながらも、どこか緊張して、上気した頬の一絵さんは、落ち着かなさそうにリボンタイをいじりつつ答える。今日のためにユニフォームとしてもう一着買った、あの日と同じ、群青色ネイビーブルーのセーラーワンピース。


「あ、いや、じゃなくて、将棋のプロの、棋士の業界。僕、結構好きでさ、プロ棋士が書いた本とかよく読んでたんだ」


 スポーツと違い、チェスや将棋、囲碁、そしてもちろんeスポーツなんかは、戦争前から変わらず続いている。僕も結構好きで、よく見る。カードゲームに近いものがあるんだ。

 異能ナシ、って規定が今の時代に適切なのかどうか、なのに頭脳系異能ブレインの参加が禁止されないのはなんでだよ、って毎年業界が揺れてるけど……頭の良いヤツが有利なのはたしかなのに、頭が良ければ勝てるわけじゃない、ってのがこういうゲームの面白いところ。


「へー……」

「で、やっぱりこう、本を書くプロ棋士って、将棋を普及させようって思って書いてるんだけど……でも、実際、そういう本が爆発的に売れて、将棋がメジャーになりました……みたいな話って聞かないだろ?」

「…………うん。聞いたことないかも」

「それと、同じなんだよ」


 見るからに緊張してる彼女の緊張をほぐそうと、ウーバーバッグを背負って自転車にまたがる彼女の背中を、ぽんと、優しく叩いた。


「ふぇ? どーゆーこと?」


 これだけじゃ一絵さんには飲み込めないだろうな、と思った部分が、予想通り飲み込めていなくてちょっと笑いそうになってしまう。けど、今はその方がきっと、緊張がほぐれるからいいだろう。


「つまり、さ。一絵さんは、将棋業界で知ってる人っている?」

「……あれでしょ、ほらあの、世界三位ぐらいに四種異能フォースが強い人に勝って、プロデビュー以来何十連勝もして……将棋とは全然関係ない異能の……あの、まだ中学生の、なんだっけ? 藤原ふじわら……宗佑そうすけ、だっけ? すんごいニュースになってたよね?」

「そう。つまり、若くて強いヤツが出てくるのが、業界が一番盛り上がる時、ってこと。将棋を知らない人でも名前を知ってるんだから」

「……ふんふん?」

「で、それが君」

「…………ふぇぇ?」


 一絵さんが自分を指さした瞬間。


『それではただいまより、自転車セーラーウーバー姉貴……改めッ! 神楽一絵、荒川KBKs特別入団試験を開催いたしますッッ!』


 闘技場にアナウンスが響き、観客の声が地響きみたいに轟いた。


「す……すごい、ね……」


 ごくり、と、彼女が唾を飲む音が隣の僕にまで聞こえた。


「プロになったらお客はこの倍来るさ。日本シリーズに出れば十倍。配信まで含めれば一千万人が君を見る。さあ……」


 そこで僕は、ここで決めぜりふを言う場面だな、と思い……。




「スターになる準備はできてるか?」




 にやり、と笑いながら言ってみた。

 すると。




「……あははははははっ! なにそれっ! に、似合ってなさすぎっ! す、スターって! スターって! あははははははっ!」




 自転車に跨がったまま、けらけら、大笑いされてしまった。まあ……うん、そう、こういう風にね、笑ってもらって緊張をほぐしてもらうための台詞だから、うん、傷ついてはないよ、うん。


「っ、あは、ま、そういう風に、あれ、気楽に。練習はしたし、相手だって本気では来ないよ、だから」

「だから、本気を出させるぐらい追い詰めて、その上でぶっ倒す! ……だね?」

「その通り。じゃ……行ってこい!」


 僕がそう言うと、彼女はにやり、と笑って右手を上げた。

 僕は一瞬、それがなんなのかよくわからなくて、きょとん、としてしまったけど……そんな僕を見た一絵さんが、ぷっ、と吹き出し、僕の手を取る。


 そして、ぱちんっ、掌同士を、打ち合わせる。


「行ってきまーすっ!」


 盛大にチリンチリン、ベルを鳴らし、いつもの調子でかっ飛ばしていく彼女の背中を、僕は見送る。生まれて初めてのハイファイブに、少し、心が浮かれるのがわかった。僕の手に感じた、力強い彼女の感触は……。


「あ、ねえねえ、入場の名乗りはどれで行ったらいい?」

「……この客入りなら、三番で」

「りょーかいっ」


 と、そこでインカムに彼女の声が飛んできて、なんだかしまらないな、と思いつつも答え、僕は、入場口の裏から作戦デスクへ向かった。

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