06-02 二つ名と必殺技

 妄想が、止まらない。


 僕がずっと、ずっとずっと、生まれてからずっと憧れ続けた、プロ異能の世界。

 現代異能主義社会の象徴でもあるそれが、憎くてたまらなくなる時もあった。

 けど、どうやったって、嫌いになれない。なれるわけない。


 紅蓮の業火を宿した刀が、魔法の竜巻を切り伏せる。

 召喚された巨大な黄金竜ゴールド・ドラゴンの踏みつけを、片手で持ち上げる小さな子ども。

 超頭脳で作られた最新鋭の擬体ドロイドが搭載した殺人兵器の数々。

 それさえ問題にならない、絶対の魔法障壁が放つ翡翠色の光。


 超常が飛び交い、ぶつかり合い、火花を散らす。


 プロ異能の中じゃ、異能はもはや異能じゃない。

 個人と密接に結びついて、人格の一部、時にはその人そのものとなる。


 〈十戦百装千変万姫じゅっせんひゃくそうせんぺんばんき〉〈死牌ジョーカー〉〈世界最強せかいさいきょう店長てんちょう〉〈笑う僧兵ラフィング・モンク〉……選手たちはそれぞれ、異能にちなんだ二つ名を広告塔として背負って戦う。そして。


 『百刀流奥義・焔舞ほむらまい』『英雄纏コーリング最弱騎士ドンキホーテ』『虚忍術うつろにんじゅつ影法十六射えいほうじゅうろくしゃ裏伝りでん』『Mk.116 27inch Laser-Gatling』『極大神聖魔法きょくだいしんせいまほうラダストロ』『以上で無限トークンループ・ザ・ループ』……実況が絶叫する必殺技の数々。


 二つ名を、チームを背負って、スポンサーの期待と観客の歓声を背負って、プロ異能選手たちは闘う。生まれ持った異能――生まれてからずっと向き合い、磨き続けている技を、相手にぶつける。それは筋力や知力を比べ合うなんかよりも、もっと、ずっと、人間対人間の、すべてをぶつけ合う、根源的な勝負。


 それに、僕も、関われる。


 そう思うともう、鼻血が出そうだ。トライアウト関連の情報なんか一字一句覚えてるぐらい調べ尽くしてあるし……いや待て、彼女の二つ名や異能名、ひきにげパンチ以外の必殺技、それに選手名や二つ名なんかも考えなきゃいけない、おいおいこいつは忙しくなってきやがった……!


「ちょ、ちょっと待ってよ太陽くん……! わ……私、仕事、あるし……」


 けど、一絵さんは僕みたいに、異能好きをこじらせてはいないみたいだった。でも、それならそれで誘いようはある。


「来月のトライアウトで一部のチームに拾われれば、契約金が……トライアウト選手の平均は一千万ってとこかな。で、十月に開幕すれば週一回の試合ごと試合手当、勝てば成功報酬……多いとこじゃ一回勝つとそれだけで安いマンションなら一部屋買えるって額らしいよ。年棒とは別にね。リーグ優勝すると……今までだと最高額で、一人頭五億って年があった」


 完璧に記憶してるプロ異能雑学をすらすら、並べ立ててく。まあ……一部の、とか、今までの最高額、とか言ってるから、嘘じゃない。


「それで……その三……いや、二割。僕にくれ。君が異能選手として活躍して、稼いだ金の二割。異能をあげる代金としちゃ安いって思うけど……それに僕は地球で一番プロ異能に詳しい。君のプロデュースもできる」

「ちょ……は、話がおっきすぎて、なんだかよくわかんないよぅ……!」

「プロ異能は見てない?」

「人並みに見るけど……でも自分がなりたいとか、思ったことは……子どもの時だけで……」

「見てると、わくわくしたろ?」

「それは……う、うん……」


 よし……たぶん、ここが攻め時だ。


 僕はちゃぶ台の上に身を乗り出し、真っ正面から一絵さんの顔を見つめた。毎日ウーバーで外を走っているだろうに、そういう体質なんだろうか、肌は白く、滑らかで……まあやっぱり、かなり……いや、すげえかわいい。こういう状況じゃなかったらきっと、僕みたいなのは目を見て喋れなかっただろう。ヘルメットの跡でちょっと、へにょ、ってヘンな風に曲がってる、明茶色のポニーテールもさらさらで、なんだかいい匂いがする。


「今度は、君が、なるんだ」


 とん、と、僕は自分の胸を叩いてみせる。


「誰かの胸を、君の異能バトルで、わくわくさせるんだ……!」


 クサすぎるかな……と思ったけど……。

 一絵さんは、眼を見開き、ぽつり、呟く。


「でも……そ、それは、太陽くんが、自分でやった方が……?」


 彼女の言葉に、僕は首を横に振る。


「僕じゃムリだ。今、僕が公に姿をさらしたら……イコライザーの連中が飛んでくる。それに……若くして両親が殺されたってんならまあ悲劇的だけど……事故で亡くした、って人はもう、トップ選手にいるし……それにまあ、ルックスが良くない……っつーか、悪いだろ」

「そ、そんなこと……!」

「あるんだよ。いや……つーか、君の見た目を一言で言えば美少女だろ。セクハラおっさんなら絶対、巨乳ってつけるだろうし。でも、ステージの上じゃそれも、バスケの時背が高いのとおんなじ武器だ。一方僕なんか、陰険ひょろがりキモオタ陰キャくん、だぜ。そういうのを応援する需要もないわけじゃないけど、君がやった方が遙かに稼げる。十代選手は異能甲子園をまず目指すから、プロで活躍するのは少ないしね」


 それに……僕は裏方の方が性に合うんだ、と心の中で付け足す。あまりにもキモオタ陰キャくんな言い草で口には出せなかったけど。


「なあ、一絵さん。今まで多様さんだ、無能年金だって、散々バカにされてきた僕らが、この異能社会で、成り上がれるチャンスなんだぜ、これは……僕だけでも、君だけでもできない、僕らだからできる、大逆転のチャンスなんだ……!」


「太陽、くん……!」


 よし、やっぱりこういうのがきくな、一絵さんには……!




 そして僕はこの計画の最大目的をようやく、口にした。




「なので……ここに住まわせてください!」

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