第3話 はじまりの歌 3

 ふふっ、お客さんだ。

 ファーリーは、ブランケットに包まって眠るカナを見て微笑んだ。


 言葉はわからなかったが、彼女がお礼を言ってくれているのが分かった。

 それに何より。

「ファーリー」

 思い出しただけでにやけてくる。


 どれだけぶりだろう、他人の口から自分の名前が紡がれたのは。そして、自分が差し出した食べ物を他人が食べたのは。

「嬉しい」

 気づけばファーリーの目からは涙が溢れていた。



 カナが何者かはわからない。けれど、言葉や身形からこの国の者ではないのは間違いない。でも、怖い、とは感じなかった。それよりも。

「カナもすぐにいなくなる?」

 そう考えると、またすぐに一人になるのかと寂しくなる。

 でも、そうじゃないかもしれない。


「二人で住むにはちょっと狭いかなぁ」

 ファーリーは、そっと片付けを始めた。

 しっかり片付けたら、しばらく二人で暮らすには問題ないはずだ。


「快適にしたらきっと…」

 きっとカナは一緒に暮らしてくれるはず。

 そしてお客さん、じゃなくて、同居人になってくれたら、今よりももっと嬉しい。



 ブランケットに包まれて、カナはスースーと気持ちの良さそうな寝息をたてている。

 カナの安らかな寝息を感じながら、ファーリーはそっと口を開いた。

『あ』

 ファーリーは、カナが口にしていた言葉を思い出しながら、音を口に出した。


『あ・り・が・と・う』

 うん、こんな感じ。

 感謝を伝えるときは、そう言おう。

 多分、使い方はあっているはずだ。



 幸せな気分に浸りながらファーリーはカナを見つめた。

 そういえば、いつもの草むらがいつのまにかお花畑になっていて、そこに横たわるカナはなんだか神秘的だったな、と思い出した。

「もしかして、私のために遣わされた、とか…」

 ファーリーは、自分の思いつきに、思わず顔がにやけた。


**********


 よい夢を見た。

 夢の中とはいえ、久しぶりに思いっきり歌えて気持ちよかった。でも、これからは気をつけよう。


 心を落ち着けて、加奈は目を開けた。

「あれ?」

 まだ夢の中だった。いや、違う。加奈は体を起こしながら、目を瞑った。

 こんなにリアルに感じる夢は見たことがない。


 そう、これは多分、現実だ。

 何がどうしてこうなったかはわからないけれど、知らない世界にとんでいるのは、間違いない。

「どうしよう…」

 目を開けて周りを見ながら、加奈は途方に暮れた。



 辺りを見渡していると、一人の少女が目に入った。加奈が目を覚ましたのに気づくと、にっこりと笑って近づいてきた。たしか彼女は…

「ファーリー」

 口にすると、彼女の笑みは大きくなった。



 加奈はふうっと大きく息を吐いた。

 多分、ファーリーは敵ではない。

 そして、私の声を聞いても、嫌な顔をせず、それどころか笑顔を向けてくれる。あの人とは大違いだ。


「カナ」

 ファーリーが、呼ぶ。昨日と同じように木の実をくれた少女が隣に座って楽しそうに自分の名前を呼ぶ。加奈はなんだか嬉しくなった。


 あぁ、歌いたい。

 だけど。大丈夫だろうか。あの人の不機嫌そうな声が思い起こされる。


 加奈は口ずさんだ。そっと、そっと。

 そして、ファーリーの方を恐る恐る見てみると、彼女はニコニコと笑いながらリズムをとっていた。


 問題ない?

 加奈はファーリーの様子を見て、立ち上がった。

 両足を踏ん張り、徐々に声に力を込めていく。巨大な木の穴の中は、加奈の声がほどよく反響し、気づけば加奈は全力で歌っていた。


 ハッと加奈が我にかえると、ファーリーは驚いたような顔で加奈を見ていた。


 慌てて、加奈は歌いやめると、ファーリーが嬉しそうに指差すものを見た。

 そこは、小さな木の実がいくつか残っているくらいであったはずだった。いつのまにか瑞々しいいかにも甘くて美味しそうな果物が山盛りになっていた。


「あ、あり、がとう」

 ファーリーが、ぎこちないながらも加奈がわかる言葉でそう言ってくれ、気づけば加奈はファーリーに抱きついていた。

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