第2話 はじまりの歌 2

 どれくらいぶりだろう。

 ぐっすりと眠り、頭がスッキリしたのを感じた。

 ぼんやりと目を開けるとそこには…。

 加奈は、目を開けてハッとした。


 草むらだったはずのそこは、花が咲き誇り、そして一人の少女が私を覗き込んでいた。

 どうしよう…。

 思わず加奈は身を固くした。

 もしかしたら、私の歌が聞こえてしまったのかもしれない。夢の中ですら怒られるのだろうか。



「◎◇◯&◎」

 緊張しているのがわかる固いけれども自分にはない柔らかな声に羨ましいな、と思う。そして、ふわふわの栗色の髪に囲まれたちょっと垂れ目の愛らしい瞳。あぁ、こういう人なら守ってあげたい、となるんだろうな、と思ったらなんだか悲しくなってきた。



「◎◇◯&◎」

 再び少女が声をかけてくるが、わからない。

 夢の中なら知らない世界でも言葉くらい分かっても良さそうなのに。


 私の言葉は通じるだろうか。そして、あの人に疎まれたこの声を聞かせてしまっても大丈夫だろうか。不安になりながら、思いきって声を出してみた。

「ここはどこ?」

 思いっきり首を傾げられた。

 通じてない。

 少女は彼女自身を指差して何か言った。


「…ふわりぃ…?」

 聞こえてきた音を繰り返してみる。少女が曖昧に笑ったので少し違ったのかな、とも思ったが、頷いてくれたので、まぁ、許容範囲だったのだろう。


 少女が私に右手を向けた。

 私の名前ってことかな?

「カナ」

 私が名乗ると、少女はニコリと微笑み、カナ、と声を出した。



 とりあえず、もう一度眠ろう、と思った。

 次に起きたら、今度こそ自分の部屋で目覚めるに違いない。そう思って、ブランケットを引き寄せて横になろうとすると、少女がブランケットを引っ張った。


 あっ、もしかして。

 ブランケットを少女に渡したらコクコクと頷いたので、やはり彼女のものなんだな、と実感した。

 勝手に使って悪かったなぁ、と反省。

 でもブランケットなしで寝るのも心許ない。

 それに…。

 グゥーとお腹が主張してきた。恥ずかしい。



「カナ」

 少女が声をかけて私の手を引っ張ってきた。

 大した力ではないけれど思わず立ち上がった。

 小さい。

 年は私よりちょっとしたくらいかな、と思っていたけれど、私より顔一つ分は小さいからもっと年下かもしれない。私は平均よりちょっと高いくらいだから、そうだなぁ…。


「カナ」

 ついつい考え込んでいたら、再び名を呼ばれて手を引っ張られた。

 どこに連れて行かれるのだろう。

 でも、夢の中だ。だから大丈夫。

 私は少女に連れられて歩をすすめた。



 **********


 多分、家に連れて行かれるんだろうなぁ、家族に会わせられるんだろうなぁ、なんて思うと憂鬱だが、まぁ、夢の中だ。とりあえず加奈は少女について行くことにした。


 やがて少女が立ち止まり、巨大な木にあいた穴の中に入って行った時は思わずギョッとして立ち止まった。そんな加奈の手を少女が引っ張り、中に入れた。

 えっ、ここに入るの?



 中に入ると、ちょっと狭いものの、比較的きちんとした生活空間が広がっていた。そして、誰も現れないし、誰か他にいたような気配もない。


「一人暮らしなの?」

 思わず口に出してみたが、少女は首を傾げるだけでやはり言葉が通じた気配はない。

「カナ」

 そう呼ばれて、椅子らしきものを指し示されたので、加奈はそこに腰を下ろした。少女が木で作られた器に木の実をのせ、渡してくれた。


「ありがとう」

 伝わらないと思っても、ついそう口に出し、その器を受け取った。



 甘酸っぱい木の実を食べる終わると、少女がにっこり笑って空になった器を受け取った。

 えっとたしか彼女は。

「…ふわりぃ…?」

 少女がニコリとした。


「ファーリー」

 少女は彼女自身を指しながらそう言った。

 なるほど、ちょっと違いそうだ。

「ファーリー」

 そう言うと、少女はこれまでで最大限の笑顔を向けた。


 よし、ファーリーね。

「ファーリー、ありがとう。おごちそうさま」

 伝わらないと分かっていても、やはりお礼は重要。私がそう言うと、ファーリーは伝わったのか、コクンと頷いた。



 ファーリーに手招きされるまま隅の方へ向かった。

 そこには藁などが敷き詰められ、いくつか布が置かれていた。

 ベッドかな。

 ゆっくりとその上に座ると、ファーリーが加奈をそっと押して、加奈は誘導されるようにそこに横になった。ファーリーが、ブランケットをかけてくれた。

「ありがとう。おやすみなさい」

 加奈はそう言うと、そっと目を閉じた。



 藁が少しチクチクするものの、太陽の匂いがする。

 次目を覚ましたら、またいつも通りの日常が戻ってくるだろう。あぁ、もう少し歌っておくんだった、そう思ったが、加奈はもう起き上がる気力は残っていなかった。

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