春、庭猫。

和叶眠隣

第一夜「庭猫」

 うるさい、うるさいうるさいうるさい。


 際限なく続く残響でほんとにどうにかなりそうだ。


 春の猫は、夏の蝉にも負けていない。

 にも関わらず誰も文句を言わないのは、圧倒的かわいさを差し引いてもちょっと優遇され過ぎてないか?……蝉だって同じく必死なのに。


 ここ数日、アパート1階の我が家の庭に、うなうな、なごなご猫が集まる。

 最近の野良猫はさくら耳を目印に去勢・避妊の処置をされている子の方が多いと聞く……のになんでうちに来る猫たちは揃いも揃って発情しているんだ。


 部屋にこもった空気を入れ替えたいが花粉のことを考えて一旦躊躇する。根拠なく夜中ならマシだろうと庭に面した掃き出し窓を開け、放置したままのクロックスを履いて腰掛ける。

「寒っ」

 暖冬の東京も、朝晩はまだまだ冷える。


 庭のあちこちに落ちているもふもふは全部で5匹。逃げる気配はなく、チラリとこちらを伺ってすぐに視線を逸らされる。

「はいはい、俺は仲間外れですよ〜」

 と此方も視線を外すと庭の隅、桜の樹が懸命に梢を伸ばした先に、下弦の月がピアスみたいに引っかかっていた。


 するりと足元に体を寄せてきたのは、事故にでもあったのか短く平になったしっぽが特徴の、クリームと白のハチワレ猫。

 毎晩飽きもせず求愛行動をしている庭猫の中で、この子だけは律儀に挨拶に来るもんだから、うるさいと悪態を吐いたことも忘れ

「みーすけ」

と名前をつけた。

 つけたばかりの名前を呼んで、人差し指の背でそっと首の後ろを撫でると甘えた声で小さく鳴く。


 「びゃぁぁーん、でゅるるるーん」

 その音どっから出てんの?という一際大きな鳴き声で、キジトラが俺とみーすけの時間を終わらせたので、よいしょ、と立ち上がり部屋へ戻ることにした。まぁ、窓を閉めたところで木造アパートの防音じゃ結界にもならないんだけどね。


 夜中鳴き続ける庭猫が、昼間どこで何をしているのか、餌が足りているのか、俺は何も知らない。もふもふなりに苦労もあるのかもしれないが、毎晩愛してくれと大声で叫べるんだから、俺よりよっぽど元気に見える。


 フェロモンたっぷりの甘すぎる毒の沼に毎日侵食されているせいか寝不足は深刻で、例年以上を更新し続ける花粉症との戦いにバフも剥がれHPも削られ、まさしく瀕死の状態異常中。


 何かが変わる気配はするのに、何も変わらない。

「……春なんて来なくていいのに」

 別れを思い出すから。自分以外の世界中が発情して一人取り残された気分も、声に出したらバカバカしくなって毛布を被って今日を終わらせる。


 強くて頼もしい凛々しさと、おっちょこちょいな天然さ、怖さを隠して人のために戦う白馬に乗った勇者のような姫。そろそろ助けに来てくれないかな。


 その夜見た夢の中で、みーすけに乗った勇者姫は、懐かしいあの人の顔をしていた。

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