冒険者学校編
轟木悠仁
俺が冒険者学校の教師として赴任して1ヶ月。
その短い間に俺は生徒に慕われ、お昼休みや放課後まで引っ張りだこの教師に――なれるわけもなく。
初日の授業からこの1ヶ月。
俺の授業の参加人数は、初日を含めなければたったの5人。
生徒数は1500人ほどいるというのに、たったの5人。
……なんかのバグかな?
たまにきてくれる生徒はといえば……。
「スカウトの授業はとっておいて損はないぜ。なんせ人数少ねーから、簡単に単位取れんだよ。穴場穴場!」
……だと。
まったく、けしからん。最近の若い者はこれだから。なーんて、同い年くらいの生徒に先輩風吹かしつつ。
今日の生徒は居眠りするのが2人。それだけ。
俺も最近は諦めて、全員居眠りしたりした時はもう起こさずに、ぼーっと魔導書を読むことにしている。
魔導書。
それはスキルのレベルアップに必要な書物だ。
スキルのレベルアップには、2つの方法がある。
ひとつは、ひたすら使い続けること。これは効率が悪い。攻撃魔法であるならばなおさら。日常で使う機会がない魔法は、実践でのレベルアップはあまり望めない。
もうひとつが、魔導書を使う方法だ。
魔導書を読むと不思議なことに――ある時突然、レベルが上がる。
スキルへの理解度や解像度、それと魔導書に宿る魔力が関係しているらしいが……まあ、不思議なことということで、俺は詳しく調べもせず納得している。
そうして魔導書を読んでいると、ぐわり、と一瞬視界が眩む。……レベルが上がったらしい。
分析魔法のステータス鑑定を使う。このステータス鑑定は、自分と第三者のステータスを鑑定できるスキルだが、俺のステータス鑑定のレベルは2なので、他人には使えない。
ステータスの下の方、スキルの欄に書かれたスキル、イグニッションのレベルが2に上がっている。
これで着火が楽になったな、と自分の住む寮のイカれたガスコンロを思い出す。レベルが1と2だと着火の容易さが段違いだ。
レベル1のイグニッションがシケってて使えないマッチだとしたら、レベル2のイグニッションは風が強い日のライターである。
火が着きはする。
というか生活魔法の難易度が高すぎるのだ。習得したとしても、レベルが1だと使えないものばかり。
まあ、それゆえかレベルアップは容易いけれど。
――ジリリリリリ!
びくり、と居眠りの生徒が起きる。終業のベルが鳴った。
俺は魔導書を閉じて、黙って教室を出る。
……こんなことでいいんだろうか。
そもそもここの生徒たちは殺気立ちすぎているのだ。人気授業はアタッカーの授業。特に、近接アタッカーの授業だ。次に魔法アタッカー。その次はヒーラーで……という感じ。
スカウトはもちろん、1番ビリ。
斥候は大事だと思ってはいても、自分が斥候をやろうとは思わないらしい。
スカウトスキルにもそれなりに良いものはあるんだけどな……。隠密スキルとか、追跡スキルとか。
遠距離アタッカーなんて千里眼スキルとか口から手が出るほど欲しいだろ、普通。
俺ならそれを教えてやれるのになぁ……まあ、同い年とか年下に教わりたくないってやつは一定数いるわけで。
俺の人望がないがゆえに、俺の授業は不人気なのだ。
俺の授業は週に2回。月曜日と水曜日の2時限目に行う。今日は水曜日。今週はこれであとは休みみたいなものだ。
ものなんだが……。
「あ、いたいた。轟木先生!」
……来たよ。
「明後日、生徒たちの実習があるんですが、今回もまた偵察行ってくれますか? 明日になります」
彼女は
その性格は最悪と言って良い。
俺をただのガキだって思っておきながら、危険な偵察役に容赦なく行かせようとする先生だ。裏で俺のことをよく思ってないと愚痴っているところを聞いたことがある。
10歳も年下の相手に恥ずかしくないのか。
「あの、轟木先生?」
おっと。
「あ、はい。大丈夫です。明日行ってきます……」
「本当ですか! ありがとうございますっ!」
キラン、とした笑顔。すれ違ったゴリラ……こと
はぁ……明日は好きなことをやろうと思っていたのに。
「じゃあ、お願いしますね!」
笑顔で去っていく三木先生の背中に心の中で中指を立てながらため息を吐く。
仕方ない……。
まぁ、好きなことって言っても、武器の手入れくらいだし……。
実戦も大切だ。たまには手入ればかりじゃなくて使ってあげなくちゃね。
俺は職員室に向かうと、ダンジョンに入るための準備を始めた。
前日からやった方がスムーズだし。
準備するのは、ダンジョン内入場届と外出届。
入場届は、私用ではなく公用でダンジョンに入る時に使う書類だ。これを使えば、年間の冒険者ライセンスの手数料がちょっとだけ安くなる。
まあお金には困ってないから大丈夫なんだけど、一応。こういうのは出しといて損はないし。
外出届は、単純に寮住みだから。職員寮だから別に出さなくても良いんだけど、俺の場合は未成年だからってわけだ。
さて、2つとも書き終わったし、帰るついでに提出しに――。
「轟木先生。これ、お願いしますね」
デスクにドンと置かれた2つのカゴ。
「え?」
「だーかーらー……それ、お願いしますって」
「これって……この量の
カゴの中身は、ポーション用のガラスビン。しかも、ところどころ壊れてるものばかり。
「できるでしょ、生活魔法のレベルも上げてるアホなんだから……ああ、すみません」
ボソリとつぶやかれた言葉に、若干ムカつきはしたけど……。
「……わかりました、今日のうちに終わらせて、俺のデスクに――」
「あ、魔法薬学準備室まで運んでおいてください」
「この量をですか!?」
「お願いしますね」
「いやっ、でも……」
「お願い、できますよね?」
「……はい」
確信犯だ。俺がこの学校の教師の頼まれごとに強く出れないのを知っていて……。
去っていく背中に心の中で中指を立てる。
ちらりとカゴを見て、俺はため息を吐いた。
「はぁ……これは、今日も残業か」
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