第2話
ふいに目が覚めた早朝。俺はなんとなく外を散歩してみることにした。失恋した悲しみのせいで少し気取ってみたかったのかもしれない。
「さっむ………」
そうして外に出てみたのはいいが、ものすごい寒い。俺は10分前の俺を恨みつつ、ここで踵を返しては情けなさすぎるという理由で散歩を続行することにした。
道路にはまばらに車が通り、歩いている人もごく僅か。都会でもなく田舎でもない普通の地元の景色を楽しみながら俺は昔はよく遊んでいた公園に行くことにした。
「なっつかしい……まだあって良かった」
小さな公園だったため潰れてないか心配だったが、4年程度で潰れるほど子供に厳しくないらしい。ブランコにシーソーなど一通りの遊具は揃っているこれまた普通の公園。昔は大きく感じていたのに今ではとても小さく感じる。これが成長ってことか。
「いっちにっ……さんっし…………ごーろく…………しちはちっ」
感傷に浸っていると公園の自販機の前で準備運動をしている女性……多分女性を見かけた。髪は俺よりも短くて全体的にシュっとして細身だ。身長も俺より少し低いくらいで、高校生くらいだろう。青色のジャージを着ており、パッと見では性別は判断できない。強いて言うなら声が少し高いくらい。俺はそこで判断した。
「よし。それじゃ…………あれ?あれれ?」
丁度準備運動が終わったのか、女性は自身のポケットに手を伸ばした。しかしそこにあるはずの物がないからか何度も何度もポケットを確認して「あれ???」と困惑していた。
あの様子だと聞かなくても状況は分かる。財布か小銭が無いのだろう。女性は荷物は何も持ってないし、飲み物を買ってから本格的な運動をしようとしていたのかもしれない。
「うーん……しょうがない………」
諦め、肩を落とす女性。動きがいちいちオーバーだったせいで見ていた俺も気分が落ち込んでしまった。このまま見過ごすのはどうにも釈然としないと感じた俺は【早朝にベンチでコーヒーを飲む】という実績を解除するためにポケットに忍ばせていた200円を握りしめ、なるべく不審がられないように近づいた。
「あの、よかったら…どうぞ」
「えっ…………いえいえそんな!」
「大丈夫です。まだ持ってるんで」
断られた場合の返しを用意してなかった俺はものすごい気持ち悪い返しをしてしまったことに後悔した。なんだ「まだ持ってる」って。金持ちの道楽かよ。
「…………ぷふっ…じゃあ遠慮なく!」
そんな俺の気持ち悪い返しを笑ってくれた女性は俺から200円を受け取ると、お目当てだったスポーツドリンクを買って満面の笑みで俺に感謝した。
「ありがとうございます!命の恩人です!」
「スポドリ一つでそんな……」
「いえ!もしかしたら脱水で倒れていたかも………ですし!はい!」
きっと冗談なんだろうとは思いつつ、あまりの勢いに本当にそう思っているのではないかとすら感じてしまう。そして改めてこうして笑顔を見せつけられると女性であるのだと分かる。まるで昔の茜がそのまま成長したような女性だ。
「えっと、あなたも運動ですか?」
「あー……俺はただ散歩を」
「なるほど!良いですね散歩!朝ってやっぱり気持ちが良いですもんね!ボクも好きなんです!」
まさかのボクっ娘。見た目からして「そうだと良いな」とは思っていたがこの世に実在したとは……もしや普通に男か?
「そうだ!何かお返ししないと……うーーーん…」
「いいですよお返しなんて。たまたまですから」
「良くないです!借りた恩は返す!お父さんからそう教わってますから!」
なんてイイ人なんだろう。話からしても親御さんから愛されて育ったに違いない。
「……なら分かりました。明日の朝にまたここの公園に来るので、その時にコーヒーを奢ってください」
「それいいですね!なんなら一緒に走りますか!?」
「…………それはまたの機会にさせてもらえれば」
こういった貸し借りは無しにしておくべきだという持論の元、俺はまた明日会う約束を取り付けた。決して明日も会いたかったとかそんなわけじゃない。
そして翌日の早朝。俺はジャージを着て明らかに昨日よりは早いペースで公園へと向かって歩いた。非モテの勘違いでなければ好印象だったはずだ。これも茜からの励ましが効いているのかもしれない。とりあえず今日から一緒に運動したいと申しでて、仲良くなっていけばワンチャン………
「おはようございます!センパイ!」
公園にたどり着き、どこで待っているのかと見回してみると昨日の女性の話し声が聞こえてきた。どうやらベンチに座って通話をしているようだ。それだけだというのに何故か俺は身を隠してしまい、余計に声をかけにくくなってしまった。
「あ、ごめんなさい…どうしてもセンパイの声が聞きたくなって…………えへへ………はい!ありがとうございます!」
盗み聞きの形になってしまったことに罪悪感は覚えつつも話している内容が気になって続行する。話している女性の声は昨日よりも元気で、声だけで分かるほどにデレデレしていた。そんな女性が「センパイ」と呼ぶ相手が誰なのか。俺はなんとなく理解できてしまった。
「えっ……チュー!?いやボク外で…………えぇ…………うぅん……………分かりましたよぉ……もぉ…………ちゅー……………はい終わり!もう!センパイのえっち!」
……………………
いや分かってた。こんな可愛くて良い子に彼氏がいないわけがない。世の中の男はそんな節穴じゃない。別に俺もやましい気持ちがあってジャージを着てきた訳じゃない。今日はたまたまジャージだっただけで、一緒に走ろうとかそんな事考えてない。
「はぁ…………」
「あ…………ごめんなさいセンパイ!また後でかけます!部活頑張ってください!」
馬鹿な事を考えている自分が情けなくなって俺は重たい足取りで公園へと入った。すると女性がすぐに俺に気づいてくれて、通話を切りこちらへと走ってきてくれた。
「おはようございます!」
「……おはようございます」
「ジャージってことは……もしかして走りたくなっちゃいました!?」
「…………なっちゃいました」
朝っぱらから不意打ちをくらい、コーヒーを貰うだけ貰って帰ろうと考えていたのに、彼女の純粋無垢な笑顔に耐えられなかった俺はその提案に乗ってしまうのだった。
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