もしも登場するヒロイン全員に彼氏がいたとして、それを本当に純愛【ラブコメ】と読んで良いのだろうか
@HaLu_
第1話
俺の名前は
まずはそんな俺の持論にしばし付き合ってもらいたい。
当たり前だが一般的なラブコメのヒロインには彼氏がいない。
何を言っているのか意味が分からないだろうがとりあえず最後まで聞いて欲しい。
ラブコメのヒロインというのは基本的に美女ばかり。しかも良い体をしている。思春期真っ盛りの男子の目には猛毒なほどにだ。それでいて性格も良いヒロインがほとんど。こうなってくれば必然的にモテるだろう。
しかし、そういった描写はあまりない。勿論告白されてるヒロインなんてのもいるが、その告白を受けるなんてあり得ないだろう。
それだというのにいざ主人公男子のターンになればコロっと惚れる。自称冴えない顔の優柔不断男には心をひかれるわけだ。そこまでチョロいならもっと他にタイミングはあっただろと思わざるを得ない。
とまぁここまで言っておいてなんだが、別に俺はラブコメの根幹を否定している訳じゃないし、ヒロインをバカにしている訳でもない。ただ特殊なきっかけや環境が無ければラブコメは成立しないという持論だ。
ではどうしてこんなひねくれた中学生みたいな事を考えているのか。それは至って単純。数分前に俺のラブコメが終了したからである。
「でさ~そん時のセナがヤバくて~!」
中学に上がる直前に両親の都合で地元を離れることになった。それから更に高校1年の春休みに両親が揃って海外赴任するというラブコメでしか見たことのない展開になり、俺は地元に戻ることになった。一人暮らしはさせないという母親の決断によって今は母の兄である叔父の元へと住まわせてもらっている。
「ねえ聞いてる?」
「ん?聞いてる聞いてる」
俺は恩返しと小遣い稼ぎを兼ねて、叔父が趣味で営んでいる喫茶店を手伝うことにした。何日か働いてみて分かったがお店は雰囲気こそあれど客が居ない。叔父曰く「それでいいんだよ」とのこと。今も店内には2人の男女しか客が居らず、おかげで話し声がよく聞こえてしまう。
2人とも高校生くらいだろう。少なくとも女子の方はそうだ。昔では考えられないほどに明るくなった髪にしっかりとしたメイク。昔は男子に紛れ、泥にまみれて遊んでいたとは到底思えないような現在の地雷系ファッション。変わり果ててしまったが聞こえてくる名前や声。それに何となくの雰囲気から分かる。あの女子は俺の幼馴染みであり、初恋の相手でもあった
その向かいに座ってスマホを見ながら話を聞いている男は知らない。高校生くらいなんだろうがなんだそのキノコ頭は。
だが誰だかは知らないがどういう関係性なのかは分かる。あの男は茜の彼氏だ。店にだって手を繋いで入ってきたし、お揃いのスマホカバーだし。
正直ワンチャンあると思ってた。ここまでお膳立てされれば茜と数年振りに出会い、ラブコメするみたいな展開がくると思っていた。悪ガキだった幼馴染みが女っぽくなっててドキドキするみたいな夢を信じていた。
しかし、現実はそう甘くなかった。そもそも俺達は一緒に遊ぶ友達以上ではなかったし、将来の約束もしてない。そりゃ茜なら4年も経てば彼氏くらい出来る。むしろ安心したくらいだ。
…………安心したって思わないとやってられない。彼氏らしき奴と話している茜を見るたびに脳は軋むし、俺の知らない思い出を語っているのが聞こえてくるのも胃に悪い。俺は今まさにBSSを味わっているのだ。現実逃避をしていないと仕事中だってのに泣きそうになってしまう。
「ご馳走さまでしたー!」
デートの休憩中だったのか、2人は軽く飲み食いをして店を出ていった。俺がレジを打ったが茜が俺に気づくことはなかった。せめて一声……とでも思ったが彼氏の前で何も言えずに見送ることしか出来なかった。
その翌日。今日も今日とて店を手伝っていると、伽藍堂だった店に1人の客が入ってきた。
「いらっしゃいませ。1名様で……すか…」
「……やっぱり」
その客は女性だった。膝上あたりまでしかない青いズボン。上はオーバーサイズ気味の白パーカー。昨日とはまるで別人のようなその姿に驚きつつもどこか昔を思い出していると、その女性は俺の近くの席に座って頬杖をついて注文してきた。
「カフェラテくーださい。泣き虫ウェイトレスさん」
「泣きっ………泣き虫じゃねぇし」
「あはっ。やっぱり慎司だ」
「………久しぶりだな茜」
「うん。昨日ぶりだね」
「揚げ足取んな」
上ずりそうになっている声をなんとか抑えながら話す。昨日失恋したくせに無駄にドキドキしてしまっている。
そうして平静を保っているつもりで店主である叔父に注文を通し、完成したカフェラテを茜の元へ運んだ。俺はすぐにその場を立ち去ろうとしたが茜に呼び止められてしまった。
「ウェイターさんもください」
「……売り物ではありませんので」
「ちぇ。店長さーん?いいですかー?」
「タダでいいよー」
「叔父さん!?」
茜からの無茶振りを叔父はアッサリ承諾。俺は雇い主によってタダで売られてしまい、4年ぶりに再開した幼馴染みと話をすることになってしまった。
「それで?いつ帰ってきてたの?」
「……ちょうど1週間前くらいかな」
「ほうほう。それでそれで?春休みだけ帰省してるみたいな?」
「いや…しばらくはこっちに居ると思う。高校も近くに行く予定」
「ホントに!?え、うっそ!セナにも言っとかないと!」
「わざわざ言わんでいい」
いきなりスマホを取り出して連絡しようとする茜に注意する。ここを離れてないのだったらいずれ会うだろうし、そもそもアイツは俺の事をあまり好きじゃない。
「てかさ、近くの高校ってことはまさか花宮高校とか?」
「そうだけど」
「やっぱり!私とおんなじ!うっわ転校生のネタバレくらったー!最悪!一大イベントなのに私だけ盛り上がれないじゃん!」
「今も充分盛り上がってんだろ」
昨日の地雷系ファッションからは想像もつかないほどに茜は昔のままだった。うるさくて、よく笑って、距離感が近い。変わってなかったことに安心しつつも、余計に昨日の傷が深くなっていく。
「……俺からも1ついいか?」
「なんでもどうぞ。あ、セクハラ禁止ね」
「誰がするか。あー……その、昨日のあれって…………」
冗談であろうセクハラ禁止という言葉に反論してみたが「もしかしたらセクハラかも……」と不安になり、歯切れの悪い聞き方になってしまった。だというのに茜は少し考えただけですぐに「あ、なるほど!」としたり顔で質問に答えてくれた。
「うん彼氏。イケメンだったっしょ」
「……………まぁ」
こうも嬉しそうに答えられては嫌味も言えない。俺は無駄な傷を増やしただけで嫌味どころか気の効いた言葉すら言えずに黙りこくってしまった。そんな俺を見計らってか茜はまるでインタビューする記者の様な素振りで俺にエアマイクを突き付けてきた。
「そんな慎司は?彼女とか出来たの?」
「……今は居ない」
「おいおい見栄はるなよ~!ずっと居ないの間違いだろ~!」
「うぐっ……悪いかよ!」
「あっはは!ごめん怒んないでって!謝るから~!」
他に客がいないことを良いことに静かな雰囲気の店内でバカ騒ぎする俺と茜。両手を合わせ「ほら謝ってる!謝ってます~!」と煽り続けてくる茜にグーが出そうにすらなった。
「俺だってなぁ……!その気になれば彼女くらい作れんだよ!」
「その意気その意気!慎司なら出会いさえあればいける!…………多分!」
「おいその間はなんだよ!思ってねぇだろ!」
「思ってるってば~!」
そんな他愛のないやりとりの後は俺の中学時代の話を主に質問責めされ、一時間ほど経った辺りで茜はこれから用事があると席を立った。会計を済ませ、店を出る間際に茜は俺を見て屈託のない笑顔で言いはなった。
「慎司に良い出会いがありますよーに!」
「…………ありがと」
初恋相手からの励ましに俺は形ばかりの感謝しか伝えられないのだった。
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