エピローグ 【Side: 海】
―――今年も一年、千影とまひろと、楽しく過ごせますように。それから、過去としっかり決別出来ますように。……。……六年前は神様のことなんて信じてなかったけど、あの日の奇跡以来、信じています。だからその奇跡が途絶えませんように。三人で沢山思い出を作れるように、してほしいです。ちょっと傲慢かもしれないけど、お願いします。俺も頑張るので。―――
悴む手を擦って、新年一日目に相応しいような、そんな青空を見上げる。
雲一つ無い晴天。七時だから陽が昇りきっていないのか、まだ付近は眩しくはない。太陽が昇ると世界は眩しいほどに煌めく。
けれど、俺はこういう陽が出ていない時間帯が好きだ。眼の前のその顔を、外でもはっきりと見ていられるから。
「うわぁ、見て見て! 大吉〜!」
そう言って眼の前の彼女……千影は、引いたおみくじをぐいっと俺の方へ近付ける。近すぎてあまりその内容が見えなかったが、「大吉」という文字だけは読めた。
「おぉ、良かったじゃん。俺は中吉だったよ」
「二人ともすごいね。僕は吉だよ。去年もそうだった気がする」
千影とは反対の方向から別の声が聞こえてきて、俺はそちらの方へ振り返る。まひろだ。
初詣にも相変わらずパーカー一枚という猛者。寒くないのかと突っ込みたくなるけど、いつか星を見に行く時も薄着だったことを思い出して、何も言わないでおいた。いやあの時薄着だったのは……あれ、まひろじゃなかったっけ。誰だったっけ。何故だろう、思い出せない。まあ良いか。
俺は真冬コートにマフラーをして、カイロを装備して尚ガタガタと震えている……いや、これは単に俺が寒がりなだけだったりするのか? 違うと思いたい。そうじゃないとカッコつかないじゃないか。……今更感大。悲しい。
初詣。
まずは近くの神社にお参りして、皆でお揃いの「健康御守」を買って、俺は更に「学業御守」を買った。
その横にやってくださいと言わんばかりに大きな机の上におみくじが並んでいるのを発見した千影が「やるしかないでしょ」と言って、俺とまひろを巻き込んでおみくじを引きに行ったのだ。
そして今。
「健康・良し、恋愛・待てば運命があるかも、失物・懸命に探せば出る、金運・とても良い……ふんふん、成る程、最高じゃん!」
「大吉だからね。そんなものでしょ。ていうか千影、君恋愛とか出来なくない?」
まひろが近くの紐におみくじを結びながら適当にあしらうように言う。あの紐、何て言うんだっけ。忘れちゃった。
千影はにこにこしながら、おみくじを結びにかかった。
「恋愛は別に良いんだよ、読んだだけだもん。にしても大吉なんて何年ぶりだろ。もしかしたら初めてかも」
「初めてではないでしょ。僕は大吉引いたこと無いけど」
「え、無いの!?」
「……まぁね。ほぼ出ないはずの大凶は引いたことあるから、ある意味運良いのかもしれない」
悲しいことを言うまひろの横で、無言でおみくじを結ぶ俺。
いや、なんて言えば良いのよ。悲しいねとか言えばいいの? 尚更悲しくなっちゃうだろうが。
帰り際、またもや千影は目敏く甘酒を見つけて持ってきて、それを飲みながら帰った。
口に入れた瞬間から、ほろりと甘く独特な風味に魅了されてしまう。口に含んで喉を通ってお腹へ入っていくと、それだけで身体が温まっていくのが分かる。
心も身体も温まるというのは、こういうことを言うのだと改めて分かった気がする。とても美味しいし温かい。去年も飲んで、多分同じように思っていたのだろう。でもこれは何度でも経験したい温かさだ。こんなにも温まる飲み物など他にあっただろうか? いや、無い。
「温かいな……」
「ね。めっちゃあったけぇ」
だから、まひろが頬を赤くして微笑みそう言ったことに、笑って返した。
いつもは表情変化の少ないまひろの表情が緩んでいる。それほど、身体に染み渡っているのだろう、その美味しさが。温かさが。
俺と同じように、温かさを痛感しているに違いない。
千影もそれが入っている紙コップを大事に両手で包んで、「あったかいよぉ」と言っている。
……甘酒は、魔法の飲み物なのかもしれない。
人の心を甘やかに溶かして、温めて、包みこんでくれるような、そんな……。
あぁ、そういえば、今年のおみくじの何処かに書いてあったな。「温かさを知るかもしれない」的なこと。
これのことか。これのことだったとしたら、大当たりだよ。神様。
♢
おせちを食べて、お餅を食べて、緑茶を飲んで、残りの甘酒を飲んで。
ゴロゴロして、ちょっと三人で遊んで、笑いあって。
一日は、あっという間に終わった。
一月一日。
俺にとって、何の意味もなかったその日は、今は大切な一日だ。
いや……普段の何気ない一日も、それと同じように大切なのだが。
「今年もよろしくね!」
「よろしく、二人とも」
二人からの言葉。いつもと変わらない、その眼差し。その言葉。口調。
……あぁ、温かい。
甘酒を飲まずとも、全然温かいじゃないか。
俺は温かさを知らずに育った。
両親から虐待を受け、里親にも殺されかけ、愛情という愛情を知らずに育った。
それでも今、こうやって温かさを感じられている。
辛いことも過去のことも全部置いといて、今この瞬間だけは、温かさの中に居たい。甘えたい。そのくらい、許してくれるか。
俺のやったことは消えることはない。罪は、消えない。人を……殺したという事実は、変わらない。
その分、罰を背負って、その罪を受けて、全部全部受けるから。
「海とまひろと一緒に居られれば良いんだよ。ボクはそれが一番だもん」
二人と一緒に居られれば、そんなこと、どうだって良くなる。
「君たちと……海と、千影と……一緒に居たいよ、僕は」
二人と話していれば、そんなものどうってことない。
なぁ、神様。
もし居るんなら、見ててくれ。
俺の生き方を、俺の贖罪を、俺の未来への進み方を。
全部背負って、全部振り切って、進んでやるよ。
辛い時も、悲しい時も、どんな時だって、二人が居れば。二人と一緒なら。
乗り越えられる。そう思えるんだ。
終わりたくない。一日の素晴らしさを、その瞬間の大切さを、一つの言葉の貴重さを、知ることが出来たから。
期待されている状況であってもそれすら糧に出来るようになった。
あの頃とは随分変わったなと自分でも思う。
捻くれて、全部諦めて、生きるだけで必死になっていたあの日々とは。
少し顔を上げて見れば、いつもより光は多かった。
こんなにも違って見えるんだと、そう思った。
だからさ。
千影。
まひろ。
これからも一緒に居ような。
今も、今までも、ずっと一緒に居てくれて。
俺は二人のお陰で光を知れた。自分の大切さに気付けた。
そんな二人に言いたいことは沢山あるんだ。でも……ごめん、ありすぎて何を言えば良いのか分からなくなっちまったんだ、俺。
だから一つだけ。一つだけ言わせてくれ。
これから先、同じことを繰り返し言うかもしれないけど。
なあ、千影、まひろ。
―――一緒に居てくれて、ありがとう。
END
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