エピローグ 【Side: 千影】

「これ、要る?」


「ん、どれ? あぁ、それは要らない。棄てといて」


「は~い」


ボクは明らかにゴミっぽいものを要るか要らないか訊いたが、その返事を聞く前にゴミを持つ手はもうゴミ箱の方へと動いていた。

ゴミ箱に棄てたものはもう、誰の目にもつかないまま処分されていく。燃やされたり埋められたり、日の目をあびることは無い。ごみ箱に棄てられた瞬間、その存在を認めてくれる人は居なくなるのだ。そう考えるとボクたちもそれと似たようなものかもしれない。海に要らないと言われたら。それこそ、自分の存在に価値はなくなってしまう。

それと一緒で、ゴミと言われてもゴミとしてそれを見ることが出来ないのだが、そんなこと言って棄てずにいるとすぐ家がゴミ屋敷と化すから、泣く泣く棄てるわけだけど。

まひろは容赦ないなぁ。「棄てといて」ってすぐ言える。良い意味で、思い切りの良さがあるよね。ボクは物一つ棄てるのを決めるのに数分かかってしまうから、そこは見習いたい。


ボクたちは今、大掃除中。

年末は忙しいよ。とは言っても、ボクは大掃除しかやってないけど。

そしてその大掃除も、普段そんな散らかしているわけじゃないから多分もうすぐ終わる。


「ねぇ、このゴミの仕分けが終わったら蕎麦買いに行くね」


「蕎麦? あぁ、うん、良いよ。三人分ね。今日は海、帰ってくるんでしょ」


「うん。パッと行ってくるよ。多分この時期だからすぐ無くなっちゃう」


料理の下手なボクは買い出し担当。料理はまひろに全投げする。

海も料理上手なのに、どうしてボクだけ下手なんだろう。全然やらないからかな……いや、違う。まひろは「やったことないよ」って言いながら、めちゃくちゃ上手かった。これはもう天性の差だよ。悲しいよぉ。

悲しくなってきたから、出かけよう。運動すると気分も上がるし。ボクは二人にはない、体力ってものがあるからね。

そうそう、不得意なことはお互いカバーしあえば良い。


「じゃあ行ってくるね~! いってきま~す」


いってらっしゃい、というまひろの言葉を背に受けて、ボクはスーパーに向かう。確かあそこは今日は十八時までだったはず。ちょっと急ごう。



……ギリギリ、買えた。

本当に、ギリギリ。残り3人前というところで、ギリギリ買えた。

店に入った瞬間、目の前に居た小さな少女が「おかあさん、としこしそば、たくさんたべようね!」って言っているのを見て、歩く速さが二倍になったのは言うまでもない。

いやぁ、ツイてたな。これは、来年も良い一年になりそうだな。


ボクはスーパーの帰り際、神社に寄る。

初詣とか、何かのイベントとかが無い日でも、ボクは一日一回は神社に行く。

神主さんとか巫女さんにそれでも何も言われないのは多分、ボクが本当に実体を持ったのではないから、なのかもしれない。けど、ちゃんとお店では物を買ったりできるし店員さんと話せるから、いや実体を持っていないわけではない……はず。分からない。もしかしたらボクにめちゃくちゃ話しかけにくいオーラが漂ってるから、神主さんたちに何も言われないだけなのかな。

またちょっぴり悲しい気持ちになりながらも、参拝する。

本坪鈴を鳴らして五円玉を賽銭として投げ入れ、二礼二拍手をして、手を合わせる。


「今日も皆で楽しく過ごせました。この後も、皆ではしゃげますように。今年も一年、ありがとうございました」


来年もどうぞよろしく、とは言わない。それはその時になったら言う。

来年になって、皆と一緒に、今年も一年よろしく、と願うんだ。

……。もう一つだけ。

今日ぐらいは、ちょっぴり欲張りたいな。許してくれるかな。


「……神様。ボクとまひろを生かしてくれて、ありがとうございます。これからも、海と一緒に生きられますように」


ボクの一番の願いは、それだ。

一礼をして、ボクは神社を出る。鳥居を潜ってまた礼をした。


ねぇ、まひろ。ボクたち、生まれられて良かったね。

ねぇ、海。これからも、ボクたち一緒に居るからね。


沈みかけの太陽で目が眩みながらも、ボクは前を向いて歩く。

もう逃げたりしないよ。だって独りだった時とは違うもん。

あの雨の中で誓った。


「三人一緒に、楽しく生きていこう」って。

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