知らない

違和感を覚えていた。


「こんにちは」

「あの、趣味とか……ある、んですか」


茶髪の少女が、少しずつ話しかけてくるようになったのだ。

何もしていないのに、ある時期から向こうから話しかけられることが増えた。

最初の頃こそ二言三言交わして終わっていたその会話も、今となってはクラスの陽キャ連中くらい長話をしてしまう程に発展していた。

彼女の名前は「亜樹あき」らしい。

ほんの少し前は俺が横を下るだけで気まずい雰囲気が流れていたのに。ある時から踊り場まで来ると俺の気配を察しているのか、音を立てていなくとも亜樹さんが振り返って話しかけてくるようになったのだ。


「鈴谷さんはどういう系の本を読むの?」


なんだか口調も親しげになって、前までは全然話せなかったのに、今となっては普通の友達の距離感となっていた。


「えっ、と、鈴谷さん?」


「あ、ごめん。えっと、ファンタジー系読むかな。異世界転生とか、そういうの」


「そうなんだね。私はホラー系とかミステリーを読むことが多いかな」


彼女とは読書が趣味という点で一致していた。だから彼女との話は専ら読書の話。

むしろ、それぐらいしか話せることはなかった。


「読むジャンル違うね」


「だね。だけど私ファンタジー系も読むよ。なんかおすすめとかあったら教えてほしいな」


……すごい。

亜樹さんはちゃんと会話を膨らませられる。

初めの頃に「俺と同レベルのコミュ障」だなんて思っていた俺が馬鹿だった。

亜樹さんの会話スキルはかなり高いものだった。参りました、すみません。


「んー……明日おすすめのものいくつか持ってくるよ。実際見て雰囲気とか見た方が分かりやすいと思うし」


そう言いつつ、自分の部屋にある小説の表紙をいくつか思い浮かべる。

彼女はどういう系のものがいいのだろうか。


「ありがとう。それじゃ、そろそろ戻ろっか」


「うん」


お昼休みが短いのもあって、話せる時間は少ししか無い。

その少しの時間が、毎日の小さな楽しみの時間になっていた。


「さようなら」


「さようなら〜!」


学校の帰り道。挨拶が飛び交う校門で、俺は下を見つめてゆっくりと歩を進めていた。

道の端のぎりぎりを歩き、たまに目を上げて行き交う人を見、また視線を下に戻して歩く。

右肩にかけたバッグの重さを感じつつバッグに手をかけ、ずり落ちていた持ち手を肩にかけ直す。


何故だろうか、ひとりで帰るといつも嫌悪感がする。

いつからかは分からない。

中学より前、小学校中学年あたりから、ずっとそうだったと思う。

なんで。

どうして、俺は……。


ひとりで帰っていると、学校に残ったふたりの少女が思い浮かぶ。

そのふたりの顔は逆光で見えなくて、ふたりは仲が良さそうに遊んでいる。

そして決まって何処かのタイミングでひとりの少女がもうひとりに襲いかかる。

襲いかかって、少女をめちゃめちゃに引き裂いて、襲いかかった少女がこちらを見たところで、その景色がぱっと消えるのだ。


「何なんだよ……」


その景色を見たことはない。

そもそも、少女ふたりと知り合ったことはない。

俺はずっとひとりだった。

多分これからも、ずっと。

……この景色が何なのか、ずっと分からないでいる。

想像なのか幻覚なのか、忘れちゃダメなのか忘れなきゃいけないのか。

俺には分からない。

俺には、関係のないことだ。

ふたりの少女も、茶髪の少女も、過去も、未来も、全部。

ただ何か、大切なことを成し遂げられれば、それで良かった。

でもその大切なことさえ思い出せない俺にとって、それすら高望みなのかもしれない。

それがやれなければ生きている意味はないというのに。


俺はどこで大切なことを忘れた?

何故忘れてしまったんだ?

大切なことは、あの日から絶対に成し遂げようと、そう決めていたのに。


もう疲れたんだ。

こんな惨めな生が続くぐらいならいっそ―――終わらせてくれ。

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