失われたハロウィンの夜に、愛が灯る
海坂依里
第1話「そして物語が終わっていく」
「トリック・オア・トリート!」
「あらあら、可愛い魔女さんにいたずらされちゃうわ」
「えへへ」
とある街の片隅に、フローネという名前の女性が住む大きな屋敷がありました。
今宵は、街の子どもたちを招いての盛大なハロウィンパーティー。
子どもたちの賑やかな声が飛び交い、子どもたちのご両親は微笑ましくパーティの様子を見守っています。
「いたずらしちゃうよ~」
「きゃー」
私がお仕えしているフローネ様は、子どもたちにいたずらをされる側を担っておられます。
「魔女さん、お菓子をあげるので許してください」
子どもたちが本当にいたずらを仕掛けるわけがないのに、フローネ様は子どもたちを楽しませるためのお芝居を懸命に演じます。
「ありがとう、フローネ様っ」
用意した焼き菓子が、魔女の装いをした女の子に手渡されました。
これが、最後のお菓子。
私が用意した、最後のお菓子。
これを配り終えたら、今宵のハロウィンパーティーは終了となります。
「今日はありがとう。おかげで、素敵な夜を過ごすことができたわ」
子どもたちを楽しませるために用意した
「喜んでもらえて、良かったですね」
「ええ! 子どもたちの笑顔も、ご両親の笑顔も、一生忘れられない宝物になると思うの」
フローネ様が私に付いて回ることはないのに、フローネ様は最後の最後まで私に付き添ってくださいます。
これでは、侍女としての役割を果たせなくなってしまいそうですね。
「私の心が、こんなにも温かくなっていること」
フローネ様が、自身の心臓に手を当てます。
「あなたにも伝わっているかしら」
瞼を下ろして、自身の心が温められていくことを確認するフローネ様。
きっと、その心臓は温かな音を奏でていらっしゃることでしょう。
「もちろん、伝わっておりますよ」
そう言葉を返すと、フローネ様はとても美しい笑みを見せてくださいます。
ただ、その美しい笑みを、私だけが独占していることの残念さは感じてしまいますが。
(この笑顔を、もっと多くの方に……)
スヌーファーを被せ、蝋燭の灯を消す。
それが私に与えられた役割なのに、そのひとつひとつの動作に心が痛めつけられる。
「そろそろ時間ね」
最後の明かりを、私の手で葬る。
蝋燭の光を失った屋敷は暗闇に包み込まれるはずなのに、柔らかな心もとない月明かりが私たちを照らしました。
「私のわがままを聞いてくれて、ありが……」
「来年も、再来年も、その次も、ここに戻って来てくださいっ!」
侍女が叫び声を上げるなんて、はしたない。
それを分かっていて、私は主に向かって声を飛ばす。
でも、フローネ様が言葉を返してくれることはありませんでした。
フローネ様は穏やかな笑みを浮かべ、屋敷に入り込む淡い月明かりを纏われます。
「悪霊は、招かれざる存在よ」
フローネ様の人差し指が、私の唇に押し当てられる。
もう、それ以上の言葉を紡いではいけないという主の命令に私は従うフリをする。
「ありがとう」
心の中で、言葉を紡ぐ。
「こんなにも楽しいハロウィンの夜は、人生で初めてだったわ」
フローネ様に仕えることができたおかげで、私も最高に素晴らしい人生を送ることができました。
「悪霊を迎え入れてくれた魔法使いさん」
私の分も。
「っ」
フローネ様の姿が、この屋敷から消え去ったと同時に。
魔法のかけられた煌びやかな屋敷が一気に荒んでいく。
「フローネ様……」
張り巡らされた蜘蛛の巣。
鏡に入り込む
飾られている絵画も、シャンデリアも、石造も、すべてが元の寂れた状態に戻っていく。
この屋敷には誰も住んでいなかったんだと、私に知らしめてくる。
「片付けが終わるまでが、パーティーでしたよね」
一段、また一段と、階段を上がる。
次に来客があったときに、恥じない屋敷に整えておかなければいけない。
そのための準備を、その日のための準備を整えることが、侍女としての務め。
それが、フローネ様に仕えてきた私の最後の仕事。最後の役割。
「―――」
誰かに、私の名前を呼ばれた気がする。
もう、私の名前を呼んでくれる人は屋敷にはいないはずなのに。
「多分、気のせいですね」
ハロウィンは終わる。
ハロウィンが、終わった。
愛ある幽霊の、最後の1日が幕を下ろす。
愛のない魔法使いは、屋敷にかけられた最後の魔法を解く。
失われたハロウィンの夜に、愛が灯る 海坂依里 @erimisaka_re
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