第5話

準備が整ったら、階段を降りて、リビングに入る。仕事着に着替えて時計を確認するお母さんと、スーツ姿で新聞を読んでいる男の人、教育番組を見てキャッキャと騒ぐ女の子。いつもと、何も変わらない光景だ。いつも、なんて思いたくないけれど。

「あ、おねえちゃん!おはよう!」

 私の姿に気が付いたのか、ツインテールを揺らしてこちらを振り向く女の子。その子の声に反応して、お母さんも男の人もこちらを向く。

「おはよう、優子ちゃん。」

 カチッとした見た目には似合わない、笑うとへの字になるその目は、女の子とよく似ていた。

「おはよう、お父さん。莉理もおはよう。」

 私が女の子の名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに目をへの字に変えた。

「お父さん、そろそろ時間じゃない?莉理のこと、よろしくね。」

「ああ、そうだね。行ってらっしゃい、お母さん。」

「いってらっしゃい!」

「行ってらっしゃい、・・・・・・お母さん。」

「はーい、行ってきます。」

 バリバリのキャリアウーマンであるお母さんは、いつも朝早くから夜遅くまで働いていた。私のことも家のことも、お父さんに任せきりだったから、お父さんに愛想をつかされた。離婚という大事な話をしているのに「仕事に行かないといけないから、早くして。」と言ったお母さんは、頭の片隅にこびりついて離れてくれない。「無責任ね。貴方のそういうところは好きになれなかったわ。」と出て行くお父さんの背中に向かってそう言ったお母さんも、忘れられない。

 疲れた、とでもいうように、ずっと働いて、家にもろくに帰ってこなかったお母さんが、ある日、男の人と女の子を連れて帰ってきた。

 仲よく手をつなぐ男の人と女の子を見た瞬間、壊れる、と思った。

 お父さんについていけばよかったと。何度も後悔した。お父さんは、稼ぎもあって私にも笑顔を向けてくれていた。「たまには会わないか?」と最後にそう言ってくれたお父さんをお母さんが「未練がましい。」と言ったから、私達の縁は切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る