予想外のハッピーバースデー
青井優空
第1話
「ハッピーバースデー。二十二歳だっけ?おめでとー。」
二十二になった日。予定では、隣にいるのは寝間着姿の女ではなくて、金髪とピアスが似合うイケメンだったはず。そして、言葉はこんな投げやりなものではなく、愛が溢れるものだったはず。
どうして、こんなことに、と考え始めるとまた涙が零れる。
綺麗な夜景が見えるホテルで彼氏と愛し合っているはずだったのに、今、わたしは殺風景なワンルームで号泣している。
「そんなに泣かないでよ、あたしが泣かせたみたいじゃん。」
髪をゆるくお団子にして、パジャマを着た女がわたしを見て分かりやすく顔をしかめる。
どれだけ考えてみても、最後にはこんなはずじゃなかった、と思っている。地団駄を踏んで暴れ回りたいところ、一生懸命堪えているのだ。そんなに嫌悪を向けないでほしい。
それに、わたしは浮気されたあげくフラれたばかりの傷心中のかよわい女の子なのだ。そんな生ごみを見るような酷い目で見ないでほしい。
「こんなはずじゃなかったの。今頃、彼とキスでもしてる予定だったのに。」
「クズとキスすることにならなくてよかったじゃん。ほら、泣き止んでよ。」
彼なりに見栄を張ってくれたんだろう高級レストランで、浮気相手と会うなんて、誰も想像できなかったはずだ。最悪だったのは、彼がスタイルはよかったあの女に、わたしのことを友達だと言ってごまかそうとしたこと。つまり、彼はわたしよりもあの女を愛していたのだ。
「あんな胸がでかいだけの女に負けたなんて最悪。」
「それはきもいね。だから、そんなクズのことでそんなに泣かなくていいんだよ。」
気まずいまま、大きなお皿の真ん中にちょこんと置かれただけのトリュフやらなにやらを食べて、レストランを出たらすぐにフラれた。彼とこれからも一緒にいる気なんて、女がわたしをジロジロと舐めるように見た時に失せたけど、やっぱり悲しかった。これでも三年も付き合っていたのだ。あの女と彼はどれぐらい続いていたのだろうか。今、彼はあの女の機嫌取りでもしてるのだろうか。ああ、また泣けてくる。
彼や女の前では堪えることができた涙も、付き合いの長い親友の前では溢れ出てしまう。
二十三時に唇を噛んで必死に涙を堪えている女が突然やって来て家に入れてくれるのなんて、きっとこの子にしかできない。そう思うと、目の前で呆れながらもわたしを慰めようとする彼女がとても愛おしく思える。あんな欲と見栄しかないような男より、何百倍も彼女の方がかっこいい。
「ぎゅってして。」
「やだよ、気持ち悪い。」
隣で背中を撫でてくれているのに、ハグは拒むところも最高だ。
「ねえ、今日泊まってもいい?」
「そのつもりだったんだけど。だから、さっさとお風呂に入って、寝るよ。そんなに泣いたらもっとブスになるから、さっさと泣き止む。」
「ぶすじゃないもん。」
「はいはい、もういいから。」
あしらうようにして、自分のパジャマと一緒にわたしを洗面所に押し込む。
鏡に映るわたしは本当に酷い顔をしている。目も鼻も真っ赤で、彼好みのメイクが取れている。お気に入りのマスカラが取れて、黒い涙が頬を伝っている。
けれど、彼に気に入ってもらうために必死になっていた昨日のわたしよりマシに見えるのはどうしてだろう。
「タオルもシャンプーも好きなだけ使っていいから、泣き止んでよね。」
ドアの向こう側から親友の声が聞こえてくる。素っ気ない声で温かい言葉をかけられたら、やっぱり泣けてしまう。
泣き声は彼女にも聞こえているだろうか。聞こえていたら、もう一度ドアを開けて、わたしのことを笑ってほしい。それから、背中を撫でてほしい。そんなことを願うのは、わがままだろうか。
涙がぼたぼたと落ちて、生ぬるい雫は頬で乾いていく。鏡の中の女の子は、やっぱり酷く悲しそうな顔をしている。
予想外のハッピーバースデー 青井優空 @___aoisora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます