もしもあの日に雨が降らなかったら

大路まりさ

もしもあの日、雨が降らなかったら


もしもあの日、雨が降らなかったら。

私は虹の袂を探しに行こうとは思わなかった。


その日は確かに雨は降っていた。

でもお日様が出ていたから、虹が出るような気がして。

虹の袂なんて無い。見つからない。あるわけない。

でも、もし本当にあるなら?

もしかしたら会えるかもしれない。

私の大好きなあの子に。


「で?会いに来たわけ?」


「だから!あなたじゃなくて、トールに会いに来たの!」


「僕がトールだけど?つむぎ?」


「はあ!?なんで私の名前知ってるわけ!?

しかもトールは人間じゃないもん!アメリカンショートヘアだもん!グレーの毛の!」


大好きな猫のトールは、1週間前に虹の橋を渡ってしまった。

生まれた時からずーっと一緒で、つい最近まで生きていたアメリカンショートヘア。

老衰だから仕方ないけど、ペットロス症候群になっていた。


「僕の髪はグレーだ!大体、こんなとこまで追いかけてくんな。」


「だって会いたかったの!あなたじゃなくてトールに!なのに呼んだらあなたが来たの!」


「まあ信じたくないなら別にいいけどさ」


確かにその人はグレーの髪色で少し緑がかった瞳。それにトールによく着けていたものに似ているブルーのチョーカーをつけていた。


「トールに会えたとしてどうするんだ?

連れ戻すわけ?」


「・・・・連れ戻せないでしょ。そんなことできないのはわかってるよ。」


私は少し俯いた。


「私、まんまとペットロスになってる。」


「うん、知ってるよ。」


「それをね、断ち切るのにもう一度会いたくて。」


「断ち切るってそれは、トールを忘れたいってこと?」


「違くて、『私、大丈夫だよ宣言』をしたいなって。」


私がそう言うと、その人は声を出して笑った。


「ははっ!なんだそれ!?」


その人が目を細めて笑う姿に、私は不思議とトールの面影を感じた。

・・・・本当にトールなの?


「紡って、たまに変だよな。」


「うるっさいな。」


こうして二人で話しているのも、不思議と心地がいい。

じゃあ、この人に話してしまおうか。


「私はね、トールみたいな家族を探すって決めたの。だから、後押しして欲しくて。」


「新しい猫?」


「猫ってわけじゃなくて、新しい家族?っていうか恋人っていうか、一緒にいて心地いい人探すの。それで、トールが心配しないように、幸せになってまたいつか会う。」


私がそう話している間も、優しい視線でうん、と頷いていた。

ペットは亡くなったら虹の橋を渡る。

トール、安心して渡っていいよ。


「私、トールがいればいいって思ってた。

彼氏とか友達とかいらないって。

でも、猫の時間と人間の時間は違うでしょ。

トールはトールの時間を全うした。

だからね、私も私の時間を全うするの。」


私が話すとその人にキラキラと光が取り巻いていた。

虹の袂にまさかこれるなんて思ってもみなかったけど、まさか本当にトールに会えるなんて。


「本当にトールだったんだ」


光に包まれた後、私がよく見た事のある一匹の猫が足元にいた。


「紡、待っててね」


「え?」


「僕、紡と同じ時間を過ごしたい。」


足元から大きくジャンプして、私の腕の中に収まった。


「僕、紡が大好きだったよ。人間になれねえかなってずっと思ってた。

紡が悲しんでる時も、振られた時も本当はずっと励ましたくて抱きしめたくてたまらなかった。」


トールはそう言ったあと、私の腕から飛び降りた。


「僕、絶対に次は人間になる。またな、紡」


トールは虹の橋を渡って行った。

私は気がついたらいつもの公園に立ちつくしていた。



***



「結婚の決め手?」


「うん。出会って何年も経ったわけじゃないのにさ、不思議な感じして。

でもなんだか上手く収まってて僕も心地いいんだけどさ。」


不思議な体験をしてから半年後、私は恋人ができた。

そしてその一年後、私はその恋人と婚約した。


「名前がとおるだったから」


「は?」


「猫、トールって名前だったの。」


「猫?」


「そう、猫。透に出会う少し前に亡くなっちゃったんだけど、生まれた時からずーっと一緒だった猫」


「まじで!?僕ペット!?」


「やめとく?」


「いや、まあいいか。二人で生活してるし、それでもいいや。

家事も育児も紡のサポートもぜーんぶできる優良なペットってことにしとこ。」


冗談が言えるくらいには心地のいい彼に、不思議とトールの面影を感じていた。


「あれ?雨降ってる?」


「お日様出てるのにね。」


透が私の手を握った。


「そういや、僕らが出会った日も雨だったね」


私は空に出ていた虹を見つめた。







おしまい

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