短編『肯定の歌』

佐伯修二郎

第1話『討論王』




 僕の名前は"渡辺わたなべ悠真ゆうま"。

 どこにでもいる普通の中学二年生――そう言えたら、どれだけ楽だっただろう。


 僕には、ちょっとした「癖」がある。

 それは、つい何かを「否定」してしまうことだ。


 誰かが「これ、いいよね!」と言えば、「いや、でもさ」と言いたくなる。

 誰かが「すごいね!」と感心していれば、「それってそんなにすごいか?」と疑問をぶつけたくなる。


 ただ、僕は思ったことを正直に口にしているだけだった。変に同調するより、納得できる理屈がほしかっただけ。

 でも、気づけば周りからこんなあだ名をつけられるようになっていた。


 ――「討論王」


 もちろん、褒め言葉なんかじゃない。


 負けたくないという気持ちもあった。納得できないことをそのままにしておくのが嫌で、つい理屈で反論してしまう。

 そうして話すたびに誰かと言い合いになり、気づけば僕に話しかけてくる人はいなくなった。


 ……ただ、一人だけを除いて


「悠真、おはよー!」


 教室に入ると、いつもの声が飛んできた。

 顔を上げると、ポニーテールが揺れるのが見える。


 "栗山くりやま綾音あやね"。


 僕の幼馴染で、昔からずっと一緒にいた。

 明るい茶色の髪。よく笑う口元。どこにいても誰とでも気さくに話す、そんなやつ。

 クラスが別になってからも、毎日のように僕のところへやって来る。


「……おはよう」


 一応、返事をする。


「ねえねえ、昨日のドラマ見た? めっちゃ面白かったんだけど!」

「いや、あれはありきたりな展開だろ。伏線も単純すぎるし、演技も大げさで……」

「出た、討論王!」


 綾音は笑う。悪びれた様子もなく。


「だって、事実だろ?」

「悠真は本当に素直じゃないよね〜」


 そう言って、僕の机の横の椅子に腰掛ける。まるで、そこが自分の席かのように。


 こいつだけは、僕の否定癖を気にしない。

 むしろ「また始まった」くらいの感覚で、軽く受け流す。


 それは昔から変わらなかった。


 綾音と話していると、無理に何かを考えなくてもよかった。否定しようが、反論しようが、綾音はいつも変わらない。それが、どこか安心できた。


 だから、この関係はずっと続くんだと思っていた。

 けれど、それはある日、あっけなく崩れ去ることになった。


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