第3話 帰り道はどこに

千里は店を出ると、さりげなく周囲を見回した。


商店街の奥には広場があり、さらにその先には住宅街が続いている。ここがどこか分からない以上、適当に進むのは危険かもしれない。しかし、先ほどの男の言葉——「夜になる前に帰らないといけませんよ」——が頭から離れなかった。


「……帰り道って、どこなの?」


千里は元いた場所に戻ろうとした。しかし、振り返った先にはもうあの階段はない。


(まずい……)


ここは一体どこなのか?


時計を見ると、時刻は午後五時半を指している。


(時間が動いてる……ってことは、本当に夜が来る?)


冷や汗がにじむ。


「何かお困りですか?」


背後から声がした。振り向くと、先ほどのスーツの男が静かに立っている。


「……すみません、さっきここに来たばかりで、帰り道が分からなくて」


「それは困りましたね」


男は微笑を崩さぬまま、ゆっくりと千里に近づく。


「ここでは、夜が来る前に帰るのがルールです。 ですが、道を知らないとなると……」


「どうすれば帰れるんですか?」


千里は焦りを隠しながら尋ねた。


男は少しだけ首をかしげた後、優雅な動作で広場の方を指した。


「時計台のある広場をご存知ですか?」


「いえ……」


「そこに『夜を渡る階段』があるんです。それを見つけて、降りれば帰れるでしょう」


千里は息をのんだ。


(最初に登った階段と関係がある?)


「でも、広場はどっちに?」


「この道をまっすぐ行って、突き当たりを左です」


男はそう言うと、満足そうに微笑んだ。


「お気をつけて。夜が来る前に」


——まるで、その時間を待ち望んでいるかのように。


千里は礼を言うと、言われた方向へ歩き出した。


(とにかく急ごう)


空を見上げる。明るいのに、どこか違和感がある。


そして、進むにつれて、気づいた。


——この街には、影がない。

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