『夜を渡る階段』

如月 煌

第1話 見知らぬ階段

千里はバイト帰りの道を歩いていた。時刻は深夜一時を回っている。普段なら終電前に帰るのだが、今日はシフトが長引いてしまった。人通りの少ない住宅街を抜け、アパートへ向かう。


その時だった。


「……あれ?」


見覚えのない階段があった。


いつも通る路地の突き当たりに、古びたコンクリートの階段がぽつんと現れている。こんな場所に階段なんてあっただろうか?


不思議に思いながらも、千里は足を止めた。街灯の明かりが届かず、階段の上は闇に沈んでいる。しかし、妙に惹かれるものがあった。


(……ちょっとだけ、登ってみるか)


千里はゆっくりと階段を上がった。


五段、十段と進むごとに、空気が変わる。耳鳴りのような音が聞こえ、足元がふわりと浮くような感覚に襲われる。そして、最後の一段を踏んだ瞬間——


世界が変わった。


目の前には昼間のように明るい街が広がっていた。


どこか昭和の雰囲気を残した商店街、色鮮やかなネオン、遠くに見える観覧車。だが、不自然なほど静かだ。風もない。音もない。


千里は階段を振り返った。しかし、そこにはもう階段はなかった。


「……なに、ここ?」


奇妙な世界に迷い込んだことを知りながら、千里は静まり返った街を歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る