第28話 栗木瑠々

 栗木瑠々に引っ張られるようにして、気付けばわたしはチェーン店のカフェ「雪園ゆきぞの珈琲」を訪れていた。

 栗木瑠々は、押し付けるようにわたしへとメニュー表を差し出す。


「ほらっ、悲しいことがあったときは甘いものですよ! 私が奢るんで、好きなもの頼んでくださいっ!」

「……奢るって、あんた金あるんですか」

「ありますよっ! 実は私、この近くのハンバーガーショップでバイトしてるんです。今日もバイト終わりですっ」


 栗木瑠々はそう言って胸を張る。

 申し訳ない気持ちもあったけれど、断るのも野暮かと思い、わたしは一番安いケーキを指差した。


「……じゃあ、これで」

「了解ですっ! あ、すみませーん!」


 栗木瑠々は店員を呼ぶと、わたしの分のロールケーキと、栗木瑠々の分のミルクレープを注文する。

 店員が去っていき、栗木瑠々はわたしの顔を覗き込んだ。


「それで、佐山さ……じゃなかった。めぐめぐは、何があったんですか?」

「……だからわたし、巡葉恵じゃないって」

「え、いやでも」

「わたしは……巡葉恵の、妹なの」


 隠し通そうとしていた事実が、ぽろりと口から零れる。

 もう限界だったのかもしれない。嘘をつき続けることで、わたしはきっと気付かないうちに疲弊していたのだろう。


 栗木瑠々は目を見開いて、それから前のめりになりつつ「えっ、えええええっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「え……いやだって、めぐめぐは、一人っ子だって公言しててっ! あの配信でも言ってたし、それとあの配信でも……」

「……これ見れば、納得してくれますか」


 わたしはねえさんと自分のツーショット写真を、スマホで栗木瑠々へと見せる。

 栗木瑠々は呆然と瞬きしてから、「ほ、ほんとだあ……」と言葉を漏らした。


「え……じゃあ、めぐめぐはどうして一人っ子だって言ってたんですかっ?」

「わたしが、お願いしてたんです。……目立つの、嫌だったんで」

「そ、そうだったんですね…………ふふっ、めぐめぐはやっぱり、優しいですね」


 栗木瑠々の慈しむような、それでいて確かに寂しそうな微笑みに、わたしは疑問を口にする。


「栗木さんは……どうして、巡葉恵を好きになったんですか?」


 わたしの問いに、栗木瑠々は数度瞬きしてから、懐かしむように表情を緩めた。


「いやあ……実は私、今はそうでもないんですけど、中学の頃は結構人見知りだったんですよっ」

「そうなんですね……意外」

「うんうん、そうなんですっ! それで、入学してから全然友達とかできなくて、うーんどうしたものか……というときに、クラスでダンジョン配信を見るのが流行り出したんですっ」


 運ばれてきたケーキに、栗木瑠々の話が止まる。彼女は店員に礼を言うと、また語り出した。


「でね、私、思ったんですよっ。私もダンジョン配信を見れば、友達づくりの切っ掛けになるんじゃないかな、って! それで、ダンジョンライブのアプリをダウンロードして、開いて……一番上に表示されたのが、めぐめぐの配信だったんです」


 ……確かに巡葉恵ねえさんはすぐに大人気になったから、あり得るだろう。


「で、見てみたら……もう、一目惚れ、みたいな感じで! 狐面でミステリアスなのに、とっても強くて、しかも抜けてて可愛いんです! 雑談も面白くて……夢中になって、コメント書き込んじゃいましたっ。あのとき、ほんと、楽しかったなあ……」


 思い出すように、栗木瑠々は目を細めた。


「それからというもの、めぐめぐが好きなクラスメイトたちと仲良くなっちゃうわ、めくめぐの配信を見るのは楽しいわ、もう最高の中学生活でしたよっ! ……めぐめぐに出会ってなかったら、多分、全然面白くない中学生活だったんじゃないかなあって思います」


 そんな感じです、と言って栗木瑠々は笑う。


「あ、話長くてすみませんっ、つい! ほら、佐山さん、早くロールケーキ食べてくださいっ」

「巡葉恵は、復讐を憎むと思いますか?」


 唐突なわたしの問いに、栗木瑠々は目を見張る。


「え、復讐って……過去にあった何かのために誰かを傷付ける、あれのことですか?」

「……そうです」

「ですよね? えー、どうでしょう……でも、めぐめぐはすっごく優しいから、」



 ――最後には、そういうものも、全て肯定してくれると思うんです。



 栗木瑠々は、温かな眼差しでそう告げた。


「…………? 佐山さん、何で、笑ってるんですか……?」

「……ああ、いや……確かにそうだなあって、思っただけです」


 わたしはロールケーキを少し崩して、口に運ぶ。

 尊いねえさんのように甘い味わいがする。


 *


 栗木瑠々と別れてから、わたしはダンジョン探索用品店に寄り、を大量に購入した。


 両手に持ったビニールが重たかった。


(……まだ、足りない。もっと、買わなきゃ……)


 夜空に満月が煌めいている。


 ――ねえさんに狐面を贈った夜のことを、思い出した。

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