ドール
一ノ瀬 夜月
歪んだ愛
「美月さんは心疾患を患っているため、出産時のリスクは高いです。」
「あっ......」
「先生、どうにかなりませんか?」
「最善を尽くしますが、現時点では何とも......未だ妊娠初期の段階ですので、時間をかけて夫婦で話し合って下さい。この先どうしたいのかを。」
***
その晩、二人は互いの意思を確かめ合う。
「正直に言うと、俺は未だ産まれてない子よりも、美月を大切に想ってる。勿論、母子共に健康であることが最善だが、どちらかしか選べないのなら君を選ぶ。だから、俺達の子供は......」
「それ以上言わないで!私は、折角授かった子を犠牲になんてしたくないの。でも、多寿希との未来も大切にしたい......両方を選ぶのは
「現実的ではないだろう。だけど、美月らしいとも思う。君は皆の幸せを願うことの出来る人だから......分かった、美月の意思を尊重する。みんな一緒で居てこその家族だからな。」
「ありがとう。これから大変になるかもしれないけど、よろしくお願いね。」
二人で決めた、彼らの未来。けれど、多寿希はそれを悔やむ。何故なら———出産の最中、美月が帰らぬ人となったからだ。
(何で、俺は美月を諭さなかった?もっと自分を大切にして欲しいと......彼女の反感を買ってでも、強く主張すべきだったのに。そうすれば、美月のことをを失わずに済んだかもしれない。
抱いてはいけない感情なのは、頭では理解している。けれど、目の前にいる赤ちゃんに対して、怒りがこみ上げてくる。美月が亡くなったのにも関わらず、この子が安らかな顔をしている今の状況に。
でも、子供を拒絶することは出来ない。何せ、まだはっきりとしない顔立ちからも、美月と似た雰囲気を感じられるのだから。包み込むような、温かくて優しい空気。きっと成長すれば、彼女のような素晴らしい女性に...... )
「あっ、そうか。俺と美月の子供だから、美月に似る可能性もあるんだ。」
(ということは、幼少期の内から環境を整えて教育すれば、美月に限りなく近い人物を生み出せる?美月が、俺の元へ帰ってくるかもしれない!)
「これから一緒に頑張ろう......
***
最愛の人物の死が、彼を狂わせた。それからというもの、娘が妻に似るように、多寿希はあらゆる策を講じた。手始めに——
「急な訪問になってしまい、すみません。」
「良いのよ、多寿希君。まだ美月のことに対して心の整理が済んでないけれど、孫の顔を見てみたかったからね。」
「ありがとうございます、お義母さん。ちなみに美月のアルバムは......」
「リビングに置いてあるから、自由に見て頂戴。写真を何枚か持ち帰っても良いからね。この子に、母親のことを覚えておいて欲しいから。そういえばまだ知らないのだけど、この子の名前は......」
「
「まぁ、二人に似て良い名前ね。それじゃあ、ゆっくりしていって。」
(本当の名前をお義母さんに言うと不審に思われるから、外では
だが、俺は深月を妻そっくりに育てることを諦めたわけではない。寧ろ、これからなんだ。写真から美月の幼少期に関する情報を経て、再現する。保育園や学校は同じところに通わせて、習い事も同じものをやらせよう。加えて、食べ物の好みや服装のセンスも美月らしいものを覚えさせる。)
彼が今挙げた行いも常軌を逸したものであるが、それだけに留まらなかった。深月の自我が芽生える頃になると———
「深月、俺が聞いたことに答えて欲しい。」
「パパ?よくわからないけど、やってみるね。」
「深月、間違えてるぞ。家の中では俺のことは何て呼ぶんだ?」
「えっと、多寿希?」
「正解だ。それじゃあ、気を取り直して......俺が疲れている時は、どんな風に声を掛ける?」
「う〜ん、多寿希、大丈夫?」
「悪くない答えだが、不正解だ。正しくは、"多寿希、お疲れ様。お仕事大変だったでしょう?いつもありがとうね"という感じだ。ポイントは、気遣いと自分の思う気持ちを織り交ぜて伝えることで......」
一見すると、父が娘とクイズで遊んでいるように思える。しかし実際は、会話の端々まで美月を再現するために、行われたものなのだ。定期的にこれを実施することで、深月は更に母親に近づいていく。そして、彼女が中学三年生になる頃には......
「今日は部活があって、遅くなると思うから、夕食作りを多寿希にやって欲しいの。お仕事もあって、大変かもしれないけど、よろしくお願いね。」
母と瓜二つ、言い換えると、個性のない
ドール 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki
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