世界最強の魔力持ちは平穏に暮らしたい!~何故か王太子殿下に執着されています~

南雲いちよう

第1話 過去

 執務室に置かれた長机には大量の書類と本が積まれてある。

レオフォード・ド・ミラーレンは内心では最近の仕事量に辟易しながらもそのような感情を一つも見せずに黙々と仕事をしていた。

と、ドアをノックする音が聞こえ顔を上げた。


返事をすると、すぐにすっとドアが開き側近であるリネロ・ファビロが姿を見せた。

リネロは筆頭公爵家嫡男であり、もう十年レオフォードの側近の一人として傍にいる。


 この広い王宮の中で一番に信用している人物といっても過言ではない。

リネロは軽く頭を下げると「お忙しいところ申し訳ございません」と言いレオフォードの前に来ると相変わらず鋭い眼光を見て自然に背筋を伸ばしていた。


「例の件ですが…」

と口を開くとレオフォードは「見つかったのか」と静かに訊く。

「いいえ、残念ながら…。しかし、殿下が仰るようにちょうど去年の山火事については不可解なことが多く継続して調べてみる価値はあるかと思います」

「そうか、わかった。ありがとう」

レオフォードは、表面上は落胆した表情は見せないが、両手を合わせていた手の力を強めていた。

「あともう一点、エミアン様の件ですが来週のパレードの準備は万全でございます。彼女周辺で怪しい動きはございません」

「分かった。警備含めた準備は問題ないだろう。王都でも既にお祭り騒ぎだ」

レオフォードはすっと立ち上がると、すぐ後ろの窓際に立ち外を眺める。


 ちょうど執務室からは来客用の庭園が見える。

今は人がいないが、国花であるゼラニウムの広がる来客用の庭園は圧巻だ。

だいたい初めて見た人は感嘆の声を漏らす。

それを見下ろしながら、レオフォードは続けた。


「義母上は待望の男児出産だからな」

「はい。おそらくですがそろそろ“あちら側”が動くころかと…」

レオフォードは長嘆した後、腕を組み、瞼を閉じた。

「では、また報告に参ります」

「ありがとう」


 リネロが去るとまた椅子に腰かける。


 レオフォードはずっと極秘で“ある少女”を探していた。

少女といっても現在はレオフォードと同い年くらいにはなっているだろうか。

レオフォードの産みの母はレオフォードの幼いころに亡くなっていた。

レオフォードの母親は貴族ではなく、有名な踊り子出身だった。

そのため、王宮入りした際も相当な虐めがあったがそれは決して母親だけではなかった。

子であるレオフォードも疎まれる存在であったのだ。

 王位継承権一位は産まれたときからレオフォードであるのは決定なのだが、特にその事実を疎ましく思っていたのは現王妃であるエミアンだ。

 エミアンが王妃となったのはレオフォードの母親が亡くなった数年後だったが、既にその時にはお腹の中に子が宿っていた。

産まれてきた子供は女の子だった為、時期王になることはない。

しかし、このころからエミアンは王妃という立場を使いレオフォードを排除しようとした。 

  排除というのは、言い換えると暗殺だ。

能天気な国王とは違い、エミアンは相当に頭がいい。気品もあり美しく、王妃として相応しいと誰が見ても思うだろう。

だが、彼女は自分の子を何としてでも王にさせたいという野望があった。

その達成のためには手段を択ばない。

幼いながらにレオフォードは自身を排除しようとする動きを見せる王妃に危機感を持っていたが、まさか本当に暗殺されるとは思わなかった。


 レオフォードは過去のことを思い出すように瞼を閉じた。

まだ子供だったレオフォードが剣術の練習の為訪れていた避暑地にてそれは起こった。

 その夜は満月だった。

普段付き添うはずの護衛たちではない別の護衛たちに付き添われ、避暑地の別邸にて夜を過ごしていた。

寝苦しく、寝台の上で何度も無機質な天井を見上げていた。

と、突然ドタドタと騒がしい物音がして勢いよく上半身を起こした。

直ぐに寝台から飛び降りるとドアに耳を近づける。

 護衛たちの気配はないが、遠くから“盗賊”というワードを聞いた。

自分が王太子であるという立場である以上、こういうことは常に想定していた。

心拍数が上昇しているのがわかる。

バクバクうるさいそれを鎮めるように深く酸素を吸うと直ぐに窓を開けた。

生温い風が頬に触れる。

 窓のサッシに手を掛けるとカーテンを使って壁面を伝って下の階へ降りた。

盗賊がこの避暑地を狙って襲ってきたのだとして、狙うは自分だろうと考えていた為、とにかく奴らに掴まらないようにしなければいけないと思っていたのだ。

護衛たちにも会うかもしれないと。

しかし、違ったのだ…―。


「レオフォード様」


 地上に降り立った時、ちょうど背後から人の気配がして同時に名を呼ばれる。

振り返ると、そこには新しい護衛の一人であるササジが立っていた。

 子どもながらに安堵したのを覚えている。

ササジが「ご無事で!」と口角を上げたのを見てなかなか笑うことのないレオフォードも安堵の笑みを漏らしていた。

「大丈夫です。盗賊がこの別邸に入り込んできたようですが、中のことは私たちに任せてください。レオフォード様は安全な場所へ移動させます」

「ありがとう」

「私の後についてきてください」


 ササジの後を後ろから何の疑いもなくついていく。

人気の少ない、森の中に誘導されていた。

ここまで連れてこられてレオフォードはようやく何かおかしいことに気付いた。

おかしい。もしも本当に盗賊が襲ってきているというひどく混沌とした状況下ならば、護衛一人だけでレオフォードを誘導するだろうか。

そもそも安全な場所が先ほどから進むのがやっとであるこんな森の中なのだろうか。


 レオフォードの足が止まった。

すると、ササジの足も止まる。

「どうかされましたか」

その声は先ほどとは違い抑揚のないものだった。振り返るササジは感情のない人形のように能面の表情だった。

「…本当にここで合っているのか」


 敵ばかりの環境で自然に笑顔を消失していったがそれでもまだレオフォードの中には信じたいという気持ちが確かに存在していた。

だが、レオフォードが見上げた先にあったのは不敵に笑うササジが腰から剣を抜く残酷な場面だった。


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