夕暮れ時

@ayumi593

第1話

また、朝が来た。動き出す寮の住人達、朝食を作る音、アラームに設定した音楽の聴きなれたパターン。起きるには十分な音だ。しかし、俺は動けずにいる。いつも理解できずにいる、朝が来るのを。それは小さな燻りで、まるで萌えている草花を見つめるような本来希望で満ち溢れる情景であるはずだ。だが、俺にとって不安を燻り、くすんだ色で見えている。ときどきどちらが真実か分からなくなる。萌える草木の景色を。それは、美しく瀟洒に映えるものか、あるいは、色など本当は存在せず絵空事のように色を無理矢理つけた下品な風景なのか。どちらにせよ、煙たくはっきりしない情景に俺の目に写る。確実に言えるのは真実を追求できるような気持ちを持ち合わせていない。朝が来ることはそれを再び自覚する時間だ。だから俺は朝が来るのを理解できずにいる。理解したいと思うか。いや、理解したくないだろう。みんなが未来を見据えて、一日を始めようとし、一日前より確実に、さりげなく、一歩前進する間に俺はいったい何を。なんて、いつも思う。俺は真実が現実をそのまま反映していると思っている。真実を知る者は昨日の自分は何者だったのかなど当たり前に把握し、連続性を持ち、着実にその真実を現実に呼び起こす。かつて、俺も真実を追い求める人だった。自分は何者で、現実にその真実を呼び起こそうと。朝はまどろみの中で光が差すように現れ、自分の輪郭をはっきりさせる。そして、俺は目覚めてからのその光を見ようにも眩しすぎて、全てが光で覆われる、そして、自分の不安も、絶望も、銷魂、露わになり、どうしようもなく気持ち悪くなる。光は神からの啓示なら人々はそれに導かれ、救いを求め、真実を知るだろう。自分の贖罪を厳然たる事実とし敬虔な使徒となり、救われる。しかし、光を拒む俺は果たして贖罪などできるだろうか。ここまでが、朝が来る度に思うことだ。俺はこの希望も絶望も、真実も、全て欲するような烟る思いをなかったかのように鏡に向かう。そこに映るのは、筆舌に尽くしがたい誰かだ。これを必死に俺だと思うようにしている。そう朝はいつもこうだ。光で照らされているはずの全てが俺は闇が侵蝕し何も見えない。その結果、霧靄がかかったように誰かがいるのだ。鏡に向かって”お前は誰だ”と訝しげに聞いてしまいそうな程その誰かが不気味に思えるのだ。だが、それを聞いたらいよいよ戻れなくなると思い、決して言わない。それの気持ちを紛らわすように顔を洗い、歯を磨く。そして、その間にもその誰かを俺だと必死に思い、それを真実とみている。果たして。いや、やめよう。今日はバイトに行かなくてはいけない。寮に住むのもタダではない。生きるのもタダではない。そんな思いを真実だと思い込み、なにかに目を背けるような、そんな感情を持ち、自分には自由意志があるように振舞う。ここからバイト先の学童保育所は電車で30分。この間は大学の課題や読書で時間を潰す。大学の課題といえど、授業後書くミニレポートのような簡易的なものだ。30分もせずに終わる。残った時間は読書で暇を潰す。よく読む本は太宰治の”斜陽”だ。俺はこの本が一番好きだ。主人公が破滅へ向かう美しさがまるで…なんて思う。わかっている。こんなの全てがフィクションで俺にこの本のようなことは起きない。ぼんやりとした再現性があくまで感想だけであると思いたいが、なぜかこれを真実と思いたいのだ。そうこれが、光で照らされて俺の全貌を顕現させる要素のように感じて仕方ないのだ。夢中で読んでいる間にバイト先の最寄り駅に着いたのに気づいて慌てて降りた。ここでもし本の通りに行けば、俺が真実だと思うとしているものに対してのメタが登場し、それに陶酔し始め、かつて崇拝してたものから離れ、自分の真実がぐちゃぐちゃにされそれでも陶酔したものを信じ続けて、真実が変わろうと覚えてすべてをその陶酔したものに捧げたいと想い始めるだろう。そんなに思いながら、バイト先に着き、子どもの相手をする。遊具で遊ぶのはじめ、おやつ、宿題など、普通の小学生がするようなことをこなす手伝いをする。もちろんイレギュラーもある。男女間の喧嘩や、女子グループの対立、本当は他の子と遊びたいのに一人で遊んでいる子の誘導。まあどれをとってもよくある学童保育所の日常だ。俺の場合は要支援の子どもの面倒を見ることが多い。まあ端的に言えば、発達障害の子を支援することだ。この子らは基本的にパターン化されたルーティンを守りながら面倒を見ることが多い。薬を飲むタイミング、好き嫌い、電車などの好きなものの自慢などと付き合いながら、無事に保護者が迎えることを待つ。なにも変哲もない日常に少しのイレギュラーが混ざりながら、世話をする。これでお金をもらえるのは正直楽な仕事だ。もちろん、大人でも難しいこと聞かれたりする。”なんで人って生きているの?”など、ときどき哲学的なことが突拍子もなく聞かれたりするけど、”幸せになるために生きてるんだよ”とか適当なフレーズでも納得することが多い。実際本人は特に意味もなく聞いている場合が多いため、適当な答えさえすれば、終わることが多い。まあ実際、俺が思ってることなど基本的に関係ない。無為な日常だ。

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