2 それは永遠で無く

「あれ、名前なんでしたっけ」

 

「あれだけ悲哀したのに忘れる?」


 自分のことに手一杯すぎて、話した内容を忘れてしまう。

 社不の特徴その1


「……」


「……はぁ、グジン。可哀想すぎるとか言ってただろ」


 別にグジン自分も特別好きな名前じゃないので、何度も口にはしたくない。

 しかし、もはや期待を裏切らないリアクションを取られるのが目に見えていた。


「大丈夫。名前だけなら私も死のうとしてない」


「何が言いたいの?」


「私はエルフじゃないから」


「名前がヘルじゃないって言いたいんじゃなくて?」


 ヘル、つまり地獄。

 どこから悲しみへの共感性を仰ぎたいのか、今一度エルフの真理を考え直させたい。


「いいや?私はヘルだよ。前の名前よりも1.5倍くらいは酷い名前してる」


「前も相当酷かったんだな。同情するよ」


「ありがと」

 

 倍率微妙じゃないかなんてツッコミはもう面倒くさくてやる気が起きない。

 唯一同情出来る要素故に頷きはしてやった。



***

 

「ここは学者の街・ステューピッド。地学・歴史学・天文学、色々な分野を研究する学者が大勢いるけど、中にはエルフを研究対象にした学派がある。こっちだ」


 ”割とすぐ”というグジンの発言通り、原っぱをネガティブワードで埋めているうちにすぐ、街へ入っていた。

 街というよりも、1つの大学みたいだ。

 西洋風の街並み。モチーフは近世から現代へかけるヨーロッパ。人通りは多いとは言えないが、人口があるのは何となく分かった。

 

 学派ごとに棟が分かれており、たまに見える棟の看板には各々専攻している学名が記されている。

 日本語だ。安心した。


「精霊学……」


「エルフ=精霊だろ。何?」


「そんな儚い生物が死ねないなんて……あぁ……」


「何を追い求めてんの?お前」


「いい加減、ショック受ける度に体折るのやめろよ」と体を起こされるが従わず。

 不死身ゴリラ学、改め精霊学専攻の学棟に着く。

 

「私はピュアなヒューマンなんです。精霊はひらひらとそのへん浮いてるやつでしょ。烏に食われて死んでたりとかしてほしい」


「お前の発言、一歩間違えたら炎上対象だぞ」


「……!!?」


「今度は何が言いてぇ……」


 炎上!芸能人がやると近年は完全に業界から姿を消されてしまうあれ。

 もはやある意味の親近感。死ぬまで生きていけるかもしれない。


「炎上したらストレスで無理死ぬとか言うタイプだろ」


「親近感って意外と切れない関係性なんです。”何か見たことあるやつ”と”知人以上”では接し方が天地の差です」


「実体験含んでやがるな」


 「ハッ」と自分から鼻で笑った割に、即座に落ち込むような姿勢を見せるヘルに、いっそグジンは見向きもしない。

 たったこの数十分で、既にこいつの面倒への対策はいくつも習得していた。

 

 と、そんな呑気に学者の街に佇む2人を責め立てるように、背後から大所帯が走ってくる音がした。


「おい邪魔だ邪魔。どいてくれ」


「ほら見ろこういうことだ」


 ヘルがキマったと言わんばかりの自信で後ろ手に親指を突き出していると、歪めた顔の対象グジンはその先で目を見開いた。


「……あんた、この前の……


「はっ!!エルフ学の学者さんですか!!?私に死ぬ方法を教えて下さいっ!!どうかっどうかお願いします!!!」


 (こいつ使えるわ)

 

 如何にしてご老人の言葉を止めようか頭を回すより先に、謎の俊足を発揮したヘルは目の前から消えていた。

 先頭を闊歩してきた、いかにも大老の学者にスライディングで土下座をかましている。

 あの姿勢では耳が見える。ばれたな。

 あと精霊学だ。エルフ学じゃない。


「お前さん……いや貴方は……まさかエルフか!?」


「違います」


「嘘をつけ。いや待て、確かに。死にたいと言うエルフなどいないか……?」


「こいつエルフなんです!」

 

 眼力で星を出しそうなくらい華麗に自分を拒否するヘルの前に滑り込む。

 


「な、なんかよく分からないんですが、死に方を探しているらしくて、ちょっと話聞かせて貰えませんか」


「お前……」


「それは学者さんが言う台詞だ」


「いや、意外と手伝ってくれるんだなと」

 

 いらん茶番を挟んで、改めて学者一行を見るが、どれもこれも生のエルフに興味津津らしい。

 先頭の会話相手を中心に、それに取り巻く他学者一行は確認のように目配せをすると大きく頷いた。


「話を聞かせてくれって?願ったり叶ったりだ。案内しよう」


「ぅっし!」


「有利な立場にあることを自覚しろよー」


 エルフじゃなければ、堅物しかいないと有名なステューピッドの学者と話が出来る機会など早々貰えない。

 エルフの立場と、あとは交渉を成立させた自分を褒め称えながら、1人でテンション上げている不死身ゴリラの首根っこを掴み、すっかり眉尻を下げた学者に導かれ学棟に入った。



***


「エルフがどうしてこんな街へ?何か研究でも?」


「死ぬ方法を


「いやぁ我々旅の者でして。先日、こいつに出会ったんですが、エルフの死に方を研究していると聞き行動を共にしておりまして」

 

 若干内容が異なるが今はそれっぽい言い訳でやり過ごした方が都合がいいのだろう。

 通された談話室に着くなり言い訳を並べるグジンを横に、ヘルは出された茶を前に固まっていた。


「……飲まないのか?」


「いや、餓死を体験するなら駄目だなと」


「…………ご勝手に……」


 餓死でも何しても死なないぞと釘を刺されはしたものの、そう確信して言えるということは、エルフの中には3000年無飲無食を貫いた者がいるのだろうか。

 でないと、餓死の不可能は証明できまい。

 よし、第一人者になってやろうじゃないか。ついでに結果が出れば特許でも取ってやる。金払え。


「え、エルフのお口には合わなかったかな。申し訳ありませんね。なにぶん、外と交流がない街でして」


「あ、こいつにはお構いなく。何してもケチ付けるタイプなんで」


「暑い」


「ほら」



 音が鳴るほどデカい拳骨を落とされ氷を拝借する。


 しかし、違和感がある。

 エルフを若干神格化したような初見の行動の割に、目の前の学者共はグジンの、ヘルに対する無礼にも見える態度に眉をひそめはしない。

 ヘルは死んでもどうでもいい存在ということか。めっちゃ好都合。


「死ぬためにまずは生きるんだろうが。エルフは現在、数の減った希少種だ。昔、種族としての位は高かったらしいが個体数自体が減ったことでお目見えする回数が減ったんだ。若干幻に近いものがある」


「死んだら?」


「世界的大ニュースだな」


「あそう」


 「専門家の前で初歩的なことを言わせるな。全部さっき説明しただろ」と再び釘を刺されヘルも一旦黙る。

 確かに、原っぱを歩いてた頃にエルフがどう、この世界はどう、種族があぁとか言われた気がしてきた。


「そ、それで、エルフの死に方、というのは……一体……」


 専門家でも当然のリアクションに、グジンはまず頷きからはいる。


「今、ここではどこまで研究が進んでるんです?それを教えて欲しい。勿論、エルフが死ねないことは知った上で」


「何を言っているんですか。私は死ぬんだって」


「黙れ中毒者。いちいち反応すんな」


 エルフの奇行と冷静なニンゲンの交流に一旦感情を捨てたようで、自分に首を振りながら、学者の長らしい老人は向かいのソファに腰掛けた。

 どうやら、それだけ振り切るくらいに、むこうはむこうで思惑があるらしい。

 

「私、精霊学派の長を務めるオートクと申す者。お知りの通り、我々は精霊学を学ぶ学者にあります」


「失礼。俺はグジン。こっちは、見ての通りエルフのヘル。急に押しかけてすみませんね」


「へっ……い、いえいえいえ!こちらこそ突然……


 まぁそうなるだろうな、というオートクの動揺に、ため息をつきながらも隣を肘でつつく。


「おい、嬉しいフリが来たぞ」


「可哀想だと思いますか?」


「へっ!?」

 

 待っていましたよ。


「私のこと、可哀想だと思いますか?」


「かっ……可哀想……と言いますと。えっと、境遇、が何か?」


 明らかに助けを求めるように、オートクの目はグジンに向けられる。

 しかし、ヘルはそれすらも遮り、互いに挟んだ机に乗り出した。

 ここで主張せんでいつするんだ。

 私は餓死よりもスパッと逝きたいんだ。スパッと。

 

「私、可哀想なエルフなんです!名前の意味、地獄ですよ?!?これが可哀想でなくなんですか!!死ぬ方法を、どうか教えて下さい!!」


「可哀想……はぁ……」


「エルフ殿。少し、私からよろしいかな」


 あと1回戸惑われれば脅してでも死に方を吐かせようと思っていたところで、1本、よく通る声が会話に入った。

 机に膝をついたまま見上げれば、さっきからずっとオートクのそばに立っていた部下らしき長身男性だ。

 これも学者なのか。どっちかといえば商社とか金融業の裏方でウハウハやってそうなタイプである。


「まず、エルフの死に方をお教えする前に、我々の研究にも是非ご協力頂きたい。構いませんよね?」


「えー……」


「内容によります。こいつにもエルフとして、種族として立場はある。思惑を聞かない限りはこっちも安直に頷けません」


 急な取引の持ち出しに目の前がグルグルになる。

 グジンは再びヘルの前に出て、会話を変わる。

 が、相手は手練れっぽい。さっきまでふかしていたキセルの仕舞い、こちらも戸惑うオートクに変わって向かいに腰掛けた。


「思惑。えぇ、そうですな。それは互いですから。では、女性に失礼を承知ながら、

―――ヘル殿のご年齢を伺いたい」

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