第13話 敵襲

 水曜日は夕方から雨が降り出していた。午後8時、巧の携帯が鳴った。アンジェラからだった。

「ちょっと困ったことになったの。今すぐ荒神公園の噴水のところまで恵と来て。ハイヤーに電話したから、直ぐ着くと思う。恵を拾ってここまで来てちょうだい。急いでほしいの。家の前で待ってて」

「恵の家がどこか分からないんだけど」

「私も知らないの。恵に電話して聞いてちょうだい。わたしから電話はしておく」

 巧は恵に電話をすると恵にもアンジェラから同じ電話が来たという。

「今田文具わかる」

「うん」

「そこまで来て。私の家はそこの通りから奥に入ったところなんだけど、今田文具の前まで行ってる」

 ハイヤーは5分後に巧の家の前に着いた。恵の家の方に向かうと恵は傘をさして文具店の前で待っていた。

「アンジェラどうしたのかしら。何だか声に元気がなかった」

「僕もそんな感じがした。それより防護球ができあがった」

「良かったわね。試してみた?」

「出来あがったばかりでまだなんだ。自分で自分の攻撃はできないしね」

 巧は直径5センチくらいの白いボールのようなものを取り出した。完全な球ではなく少し突起があって大きくて真ん丸な栗のような形だ。

「卓球のラージボールより少し大きいくらいね。アンジェラの用が済んだら試してみましょ」

 車を降りて二人は傘をさしながら早足で噴水のある池に向かった。小雨の夜の公園は驚くほど静かで人影がなかった。池に着いたがアンジェラの姿は見えない。辺りを見回していると3方向から男が現れた。木陰に潜んでいたらしい。こちらに向かってゆっくり歩いてくる。3人ともがっしりした体形だ。恵は真中の男が一番強そうだと思った。彼等が格闘技の訓練を受けているとすれば巧を庇いながら勝てる見込みは殆どなさそうだ。左の男を倒して一点突破だろうか。とにかく逃げながら1人づつ倒すしかない。

「一緒に来てもらう。抵抗しなければ何もしない」

 左側の男が恵の腕を掴もうとした。恵は手刀で振り払って金的に蹴りを入れた。男はしゃがみこんだ。右側の男が巧の後頭部に手刀を打ち込むと不思議なことが起こった。手ははじき返され男は唖然とした顔をしている。防御球の威力は本物らしい。恵は咄嗟に戦術を組み立てる。

「巧、球を掴んで左のポケットに入れて。右手で私の手を握って」

 恵は後ろ向きに左手を差しだして巧がその手を握った。

「この体勢を崩さないようにして。敵が来たら蹴って。からだの真ん中を狙うのよ。掴まれないようにして」

 この体勢だと球を落とす可能性が少ない。あとはウィムが言っていたことを信じるしかない。防御球の効果がウィムの言っていたとおりなら、巧の蹴りでも少しは効果があるはずだ。手を繋いでいる恵にも効果はあるのだろうか。少なくても今は何も感じない。

 真ん中の男は少し距離をとって様子を見ていたが、思わぬ展開だったらしい。ファイティングポーズをとりダッシュで恵の顔にパンチを打ち込んできた。恵が躱すと肘撃に変化して飛び込んで体当たりしてきた。恵は反射的に巧の手を放して上段の十字受けで対抗した。圧倒的な体重差があり恵は後方に飛ばされて体勢を崩された。次の攻撃が来ると身構えた瞬間、男がバランスを崩した。巧が蹴りを入れたのだった。バレーのような膝の屈伸のないへなちょこな蹴りだったが十分だった。恵は横に飛んで男の右膝にローキックを入れ、急いで巧との手をつなぎ直した。男は斜め前にバランスを崩し、恵の足刀蹴りが男のボディを打ち抜いた。男は大袈裟なくらい後方に吹き飛んだ。

「何これ。チートじゃない」

 右側の男が上段に回し蹴りを入れてきた。格闘技の上級者の男性の蹴りだと手での防御だけではガードごとぶち破られるが、恵は速い手刀を蹴り足に打ち込む。蹴り足は簡単にはじき返された。全く体重が乗っていない手刀でも十分な威力だった。そのまま中段突きを打ち込む。またしても相手は演技でもしているように後方に吹き飛んだ。

「何か変な癖がつきそう」

 その時、シュッという音が聞こえ何かが飛んできた。恵は反射的に体を右に反らした。何かが恵の首を掠めて飛んでいった。音の方向を見ると美蘭が長い筒に次の矢を装填しているところだった。初めて見る吹き矢だった。矢には麻痺薬が仕込まれているに違いない。第2の矢が巧に放たれた。庇いようがなかったが、矢は巧の体に当たるとそのまま跳ね返されて、地面に落ちた。

 真ん中の男が何とか立ち上がり何か大声で叫んだ。恵の太腿に赤い点が光った。レーザー照準装置だった。直後にバシュ、バキャーンという音が連続で起こった。音の方向見ると少し離れた木の陰に半身を隠した男が銃を弾き飛ばされたところだった。恵の足を狙った銃弾は正確に銃に跳ね返り銃を吹き飛ばしたのだった。男は銃を持ち直して今度は巧を狙った。ドンと大きな音がして男がひっくり返った。銃身を損傷した銃が暴発したのだった。さらに展望台からも銃弾が飛んできたが跳ね返された。別方向からダダダという銃声があり、展望台から男が落ちるのが見えた。その時、迷彩服の女が飛び出して来た。

「こっちよ。早く」

 アンジェラだった。ヘルメットを被り小銃を持って完全武装している。銃で巧たちが来た反対側に誘導しょうとしている。

「早く。GO、GO!!」

 戦争映画を見ているようだった。恵は巧を引っ張ってアンジェラの差した道を走った。銃声が後方で散発的に聞こえていた。公園の出口の所に男が倒れていた。敵なのか味方なのかわからないが、銃弾で肩を砕かれたようだった。右手が不自然な方向に向き、僅かにゴホッ、ゴホッと咳込むように息をしているので生きているのが判る。傷が肺まで達しているらしい。頭の前には吐血と思われる血だまりができていた。恵はこれが本当の戦争だと改めて思い知らされた。武術の戦いとは全く違う殺し合いだった。巧はショックで真っ青だった。公園の出口から街に向かって走った。巧はすぐに息が切れたので速足に切り替えた。追手は無いようだった。住宅街に入り、ようやく人心地が戻ってきた。恵が警察に電話しようと思って携帯を取り出した時、ちょうど電話が入った。アンジェラからだった。

「大丈夫?今どこにいるの」

「住宅街まで来てる」

「どうしてあんな危険なところに行ったの」

「アンジェラが呼んだんじゃない」

「えっ、電話で?」

「そうよ。厄介なことになったから急いで公園に来るように言ったじゃない」

 しばらく間があった。

「おそらく音声合成ね」

「アンジェラの番号からの着信だった」

「こういうことは向こうが上手ね。電話もハックしたんだわ。ブレスドのドローンもハックされていて、恵と巧が家を出たのもしばらく判らなかったの」

「よくあの公園が判ったわね」

「必死だったのよ。AIを使って関連しそうな情報を集めていたら、荒神公園で不発弾が見つかって立ち入り禁止になってるって情報があったのよ。ピンと来たわ」

「そっちの様子はどうなの」

「あなた達が精鋭を片付けてくれたから、多分私たちの圧勝ね。まだ予断を許さないけど後2時間くらいで完全に終わると思う。送ってあげられないからタクシーで帰って」

「今、警察を呼ぼうと思ってたのよ」

「それは恵の判断に任せるけど、もう殆ど戦闘の証拠は片付けたわ。たぶん警察が来ても何も見つからないと思う。私たちとしても騒ぎにはしたくないわ」

「わかった。警察に電話は止めるわ。明日にでも話を聞かせて」

 翌日の夕方、5人は喫茶店に集合した。

「あの後どうなったの」

「私たちが完全に制圧した。捕虜も5人確保した。後片付けで朝までかかったわ。さっき仮眠をとってやっと元気がでたところ」

「捕虜はどうするの」

「一応ハリストス聖戦団と交渉はするけど解放ね」

「解放?どんな条件で?」

「そこがね。材料がないのよ。交換する捕虜もいないし、賠償金を要求しても応じる訳ないしね。殺すとか脅せないことは向こうは知ってるから。もう負傷者の受け渡し交渉は始まっているわ」

「北門に倒れていた人?」

「そう、彼が一番の重傷者ね。命に係わるまでの怪我ではないらしいけど、早く大掛かりな再生手術をしないと生涯右腕が使えなくなるらしいわ。向こうが受け入れる意向らしいからほっとしてるの」

「ほっとするってどういうこと」

「重傷を負った捕虜を相手に押し付けるのは、敵の医療資源を削ることになるのよ。死亡したとしても敵の責任を追及するプロパガンダに使えるからね」

「ひどい話ね。他の捕虜も無条件で解放なの」

「たぶんね。そうでなくても捕虜を捕らえておくのはお金がかかるのよ。ある程度人道的な待遇をすればね。あの戦闘員クラスを同じ部屋に入れておくのは危険だからそれぞれ独房が必要だし、食事や傷の手当もある。24時間武装した看守が何人も必要だわ。外から狙われる可能性だってあるし」

「じゃあすぐに開放されて僕たちをまた襲ってくるってこと」

「まあ、そんなに直ぐじゃないわ。持っている情報は出来るだけ白状してもらわなきゃいけないしね」

「拷問するとか」

「私たちはそんなことまでしないわ。せいぜい自白剤を使うくらいね」

「美蘭も捕まったの」

「逃げられたわ。捕まえたのは幹部じゃなくて戦闘員だけ」

「僕たちはこれからどうなるの」

「しばらくは大丈夫だと思う。敵も戦力がかなり落ちたし、巧たちを捕らえる方法が見つかるまでは手を出して来ないと思うわ。それに私たちが全力で守るから」

「でもまた騙されるかも知れない」

「そうね。戦いには勝ったけど、情報戦は完敗だったわ。私たちも甘く見ていて準備不足だったけど、実力は向こうが上なのは認めざるを得ないわ。いま敵のハッキング手法を解析中なの。ある程度の対策はできると思う」

「健斗のお家に行く話はどうしましょ」

「僕はもちろん構わないけど」

「じゃあ予定通り決行ね」

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