第11話 完全人間アンジェラと秘密結社ハリストス聖戦団

「明日の午前10時にみんなで集まりましょ。私も話すことがあるの。巧の部屋が安全だからそこにしましょ」

 恵はアンジェラから有無を言わせず会合の調整役をさせられてしまった。巧に連絡を入れると。

「いいよ。実は明日が僕の誕生日なんだ」

「じゃあみんなでお祝いしましょ」

 皆にも連絡してあっさりと承諾をもらった。恵は巧を危険に巻き込んだことに罪悪感を感じていた。何かプレゼントを買って持って行ってあげよう。他のメンバーも皆お祝いしようと言ってくれた。

 翌日、巧の家に全員集合し、応接間でお茶をご馳走になり、直ぐに巧の部屋に入った。巧の母は昼食を準備するから食べていってほしいと言っていた。

「もう、あんなことは絶対しないでちょうだい」

 アンジェラからまた念を押された。

「こんなことになった以上、今、どういう状況かきちっと話しようと思うの。この話は絶対秘密にするって約束してほしいの。突拍子もない話だから誰も信じないかもしれないけど、あなたたちの誰かが発信したと知れたら危険なことになる」

「アンジェラにしては随分大袈裟な前置きだね」と健斗が言った。

「大袈裟じゃないわ。翔と健斗はまだ関わっていないから抜けてもらってもいい」

「ここまで来て抜けるはないよ。これでも友達なんだけど」と翔。

「じゃあハリストス聖戦団の話から始めるわ」

「ハリストス聖戦団?初めて聞いた」

「健斗でも知らないことはあるのね」と恵。

「ハリストス聖戦団はソビエト連邦崩壊の時に解体されたKGBの若手幹部のイリア・ポポフが設立した秘密結社よ。KGBは知ってると思うけどソ連の秘密警察ね。諜報機関って言った方が分かりやすいかしら。彼はKGBの将校クラスの中でも戦闘力、頭脳ともトップだったらしいわ。それに彼はある種の霊感の持ち主で神の声を聴くことができるらしいの。彼の結社設立の目的はキリスト教によって導かれる共産主義世界を実現することなの」

「社会主義国家は資本主義国家に比べて発展しないというのがもう定説だよ。これまでの社会実験で結果が出てる。今、社会主義を実践している国は共産主義のイデオロギーをまとった独裁国家だ。資本主義を一部取り入れた中国はともかく殆どが貧しい国だ」

「彼の考えは違うの。これまでの社会主義国家が大きな成功を収められなかったのは独裁者や官僚の腐敗のせいだと考えているの。キリスト教を信仰する清廉な人々が共産主義を正しく実現すれば、全ての人々が救われる理想国家を作れるというのが彼の主張ね。まあ、それだけだったお好きにどうぞなんだけど、彼は終末論者でもあるの」

「裁きの日は近いとか、死後裁きに合うとかいうやつ?」

「そう。裁きの日に大きな厄災が発生して、神から選ばれた人間だけが生き残る話ね。ソ連体制の終わりがキリスト千年王国の終焉という訳。彼は体制が変わっても、うまく立ち回って特権階級に居残ったKGB幹部とは考えが違うらしくて、共産主義の理想の実現が頓挫した時点が千年王国の終焉と考えてるらしいの。ところが裁きの日は一向に来ない。そこでハリストス聖戦団がこの穢れた世界を終わらせて天の裁きを仰ぐという話」

「だって小さな秘密結社に世界をリセットなんか出来ないでしょ」

「そうとも言えないのよ。例えば世界中の核兵器をハッキングで乗っ取って同時発射したらどうなると思う?」

「そんなこと不可能だよ。何重ものセキュリティーが張り巡らされているよ」

「まあそうだけとハリストス聖戦団のハッキング技術を甘く見ない方がいいわ。ハッキングは何も高度なウィルスソフトを開発してシステムを乗っ取るだけじゃないの。責任者の買収や洗脳、データセンターに忍び込んで回線を切り替えたり、記憶媒体を交換したりする忍者みたいな技術も含まれているの」

「元KGBならその辺の技術は得意かもね」

「そう。ハニートラップや恐喝、目的のためなら殺人だってやるわ。それだけじゃない。彼等は世界中から天才を集めているの。天才は10歳くらいになると大体見分けがつくようになる。そういう子を連れてきて洗脳して仲間にしているの。最近は量子コンピュータの開発にも力を入れているわ。セキュリティーシステムの要になってる暗号を無力化するって訳ね」

「すごいお金が必要じゃないの。そんな危ない団体誰も支援しないでしょう。ハッキングでお金を稼いでるとか?」

「まあ近いんだけどもっと巧妙ね。ハッキングでお金を盗んだら大騒ぎになるわ。手口が解析されて対抗手段がとられてしまう。最近の彼等の収入源は株や暗号資産の取引きね」

「そんなに上手く行くもんなの」

「もちろん真っ当な手段じゃないわ。まず、取引で大儲けしている有能なトレーダーのPCをハッキングして取引内容をいただいて、同じような取引をするの。最近はAIを使っているわ。普通のAI取引だと過去の相場や市場の動向から株価の動きを学習させるんだけど、彼等は有能なトレーダーの手法を直接学習させているから学習効率がいいのよ。最近は暗号通貨で大儲けしてるらしいわ」

「これから新しい金融技術がどんどん出るけどとんでもない脅威になる」

「最新の技術をさんざん悪用しているくせに、最終的にはこの世から半導体技術を廃絶させようとしているの。神がこの世に創造されたのは電気を通さない絶縁物と金属みたいに電気を通す導体の2種類しかないという考え方らしいわ。半導体は人間が作り出した穢れた物質ってことね」

「半導体がなかったら、今やあらゆる産業が成り立たなくなる」

「彼らはこの世が穢れたのは半導体技術のせいだと考えているの」

「たしかにネットのせいでいろいろな弊害は出ているけど、スマホがない世界なんて考えられない。昔の生活に戻そうとしているの」

「そう、皆で耕して収穫を分け合ってみたいなね。そういう世界を作り上げるために世界の主要都市や半導体工場に核ミサイルを打ち込もうとしてる訳ね」

「半導体工場なんて世界中に何千もあるんじゃないの」

「集積度が高い製品を作っている工場はそんなに多くないわ。それに核ミサイルは数千発あるのよ。全部ハッキングして自由にできるかは疑問だけど」

「どうしてそんなに敵の情報がわかるの?」

「最近のことよ。私たちの仲間が彼等に拉致されて彼等の仲間にされていたの。IQが140以上ある女性だったわ。洗脳されて顔も整形されてた。でも私たちは監視カメラの画像で彼女を見つけた。私たちはたとえ整形してたって仲間はすぐ見分けられるの。何とか取り返したけど薬物を使って酷く洗脳されていたわ。回復には1年以上かかった」

「私たちの仲間って言ってたけど、アンジェラも何かの組織の一員なの」

「そう、私のことも話しておかないとね。私は秘密結社『完全人間』のメンバーなの」

「秘密結社完全人間?これも初めて聞くな」

「秘密結社のメンバーというよりファミリーの一員ってとこかしら。『完全人間』の歴史はヨーロッパ中世に遡るわ。当時は人身売買や奴隷制度は普通だった。それに戦争に負けて奴隷にされる人間も多かった。奴隷同士の決闘は当時の娯楽だったの。奴隷商人たちはより高値で売れる優秀な奴隷の育種を競い合った。身体能力はもちろん容貌や知能、そして従順な性格を求めて奴隷同士を掛け合わせて完璧なスペックの奴隷を作り出そうとしたの」

「ひどい話ね」

「そうね。失敗作は容赦なく殺された。優秀な種を求めて近親交配も多く行われたわ。それでも数百年も試行錯誤が行われるとそれなりに優秀な血筋が出来上がっていったの。転機は19世紀初めに訪れたわ。私たちの祖先が一斉に反乱を起こしたの。主人の奴隷商人達を皆殺しにして自由を勝ち取ったの。その頃には私たちの戦闘力や知力は主人たちをはるかに上回っていた。皆で秘密裏に綿密な作戦を立てて完璧に実行した」

「そんなことをしたら反逆者として殺されたんじゃないの」

「完全犯罪よ。ある日、主人や幹部が食中毒で死ぬ。奴隷はそのすきに逃亡して行方知れずとかね。もちろん逃走先やそこでの身分も準備の上でね」

「じゃあ完全人間計画はそこで終わった訳ね。良かったじゃない」

「でも、ことはそう簡単でもなかったの。何百年も育種されて私たちは完全であることを止められなかった。そこで秘密結社ができたの。より完全を求めてメンバーが協力する組織ね。メンバーは世界中を渡り歩いて子づくりに励んでより完全な子孫を残すのが義務なの。子供が5歳の時点で選別が行われる。メンバーになれない子は孤児院に渡されたり里子に出されたりね」

「ひどい組織だわ」

「それでも昔よりは遥かにマシよ。孤児院に行っても大抵は裕福な家に引き取られて幸福に暮らしているわ。選別に外れてもルックスが良くて優秀な子が多いからね」

「で、選別を通った子はどうなるの」

「私たちの血統は特別なの。例えばIQが高い子は普通の学校での教育は無理。特に平等主義の日本みたいな国だったら潰されてしまうわ。せいぜいお医者さんになるくらいかしら。お医者さんが悪い訳じゃないけどね。選ばれた子は私たちの組織で引き取って特別な教育をするの。まあ英才教育ね。勉強だけじゃなくて戦闘力も徹底的に鍛えるわ」

「何か変な人になりそう」

「まあそうね。昔は自殺する子が異常に多くて問題だったの。でも最近の児童心理学の研究が進んで子供のころの両親の愛情が重要なことが分かってきた。だから10歳までは血は繋がっていないけどパパとママに愛されて育つの。その成果で自殺率はすごく減ったわ。他にも遺伝子工学や脳科学、完全人間を作るためにあらゆる科学技術を動員しているわ。人間のゲノムが2003年に完全解読されて私たちはやっと呪いから解放されると思ったものよ。遺伝子工学から完全人間を人工的に作れれば目標達成だってね。ところが大きな期待外れだった。ゲノムは解読されたけど判らないことがたくさん残ってるの。たとえば脳内の配線とかね。エピゲノムとかジャンク遺伝子とか謎がまた謎を呼ぶ状況ね」

「じゃあアンジェラは相手を求めて、エルサレムから日本と渡り歩いているわけ」

「正直に言うわ。私がエルサレムに出会いを求めてやって来たのはその通りよ。でも、そこで翔を見つけた。私たちは自分たちの仲間になれる遺伝子を持っている人が一目でわかるの」

「なんだか嫌な話。優秀な遺伝子を持っている人を見つけて子供を作って、組織で英才教育して、完全人間の子孫が増えてめでたしめでたしなのね」

「そうね。嫌な話ね。そのとおりだわ。でも昔とは少しづつ変わっては来ているのよ。私達の結社も曲がり角に来ているの。私達はダーウィンの進化論を加速させて強い淘汰で人間を進化させてきたと思ってた。でも、テクノロジーの進化で、容姿なんて整形で作り変えられるし、知力だってAIに取って代わられるかも知れない。戦闘力もこれからはロボット同士の戦いが主流になりそうだしね。ダーウィンは『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である』とも言ってる。ちょっと前までは完全人間の素養のある子供を5人以上生むことが女性の義務だったんだけど、私はそんなの守る積りはないわ。私は翔のただ一人の女になりたい。子供のことはそれからのことよ」

「今まで聞いた中で一番色気のない愛の告白ね。翔、何か言いなさいよ」

「光栄だけど、正直、今はアンジェラの気持ちには応えられない。第一、僕はIQも高くないし運動能力も大したことない」

「今は応えられない、って言ってくれただけで十分だわ。サラブレッド同士の結婚は却って停滞と滅びに向かうのよ。翔の気持ちがこちらに向くのを辛抱強く待つわ。私の辞書に失恋という文字はないわ」

「まあ、二人のことは、とりあえず置いておいて、これからどうすればいいの」

「応援が来る」

「応援ってボディガードみたいな?完全人間の組織ってそんな部隊もあるの?」

「完全人間は平和主義の組織よ。護身のために軍隊に入っても通用するくらいには体を鍛えるけどね。私たちって何故かヘイトを呼びやすいのよ。でも結社として武力は持っていないわ。応援はブレスドからの派遣されるの」

「ブレスド?また違う組織があるんだ。これも聞いたことないな。世の中、秘密結社だらけなのかな」

「ブレスドは秘密結社に近いけど半ば公然と活動しているわ。要は大金持ちの集まり。基本的にはエゴイストの集まりだけど共通利益になる部分は協力しているの。例えば共有の大型核シェルターの建造とかね。それから軍隊とかね」

「いくら大金持ちだって軍隊は持てないだろう」

「そうでもないのよ。世界中の傭兵団と契約しているの。だって彼等の資産は小さな国の国家予算を遥かに超えているもの。軍隊から諜報会社、ハッカー集団まで何でも動かせる」

「完全人間とそのブレスドは仲がいいってことかな」

「ブレスドの中に私たち完全人間のメンバーが何人か入ってるの。あなたたちが知ってる人もいると思うわ。そしてブレスドとハリストス聖戦団は完全に利害を異にする敵同士なの。ブレスドの目的はビジネスの利益と科学技術の成果でこの世の快楽を最大限に享受すること。ハリストス聖戦団が計画している核兵器を使った裁きの日なんでとんでもないわ。核戦争が起こっても彼等はシェルターを用意しているから逃げられると思うけど、経済がめちゃくちゃじゃビジネスどころじゃないわ」

「じゃあ全面戦争になるってこと」

「お互い武力は持ってるけど公然と戦争をする訳にもいかないでしょ。一応秘密組織なんだから。それにハリストス聖戦団の計画をブレスドが知ったのはさっき言ったように最近のことよ。聖戦団の本部だってどこにあるかまだ判らない。武力衝突は一回も起こってないわ。でもいずれは全面対決になるでしょうね。ブレスドは今、猛然と武力を強化しようとしてるわ。もう少し時間が必要ね。ハリストス聖戦団も同じね。核兵器のハッキングや革命の準備にはもうしばらく時間がかかりそうなの」

「ブレスドの武力強化って、傭兵団をもっと増やすっていうこと」

「傭兵団なんてお金をかけてもそんなに増やせないわ。ロボット兵器の開発よ。開発が進めばこれからの戦争のゲームチェンジャーになるわ」

「戦争に人が要らなくなるってこと」

「そう、徴兵制もなくなるかもね。Congratulations。でもそんな直接的なことだけじゃないわ」

「文民統制がいらなくなるとか」

「文民統制?シビリアンコントロールのことね。さすが健斗ね。そう、軍隊は国家の暴力装置だけど暴力装置が国家を乗っ取る可能性は常にある。事実、今でも軍事クーデターがあちこちで起こってしるし、軍事政権の国は結構あるわ。ロボットだったら文官が確実に管理できる。ひ弱そうな背広姿の男が陸軍大将なんてのもあるかもね。でももう一つ大きな革新があるわ」

「もう一つ?」

「量産効果ね。ロボット兵はそんなに大きな工場でなくても生産できる。一度自動化ラインを立ち上げたらどんどん作れるし価格はどんどん下がるわ。想像してみて、小さな都市の外れに安物のトラックが何台か乗り付けて、そこから大量のロボット兵やドローンが飛び出てくる。一台一台が高度な頭脳を持っていて殺傷力の高い武器を装備してる。町中を飛回り、歩き回って、家の窓やドアを破壊して建物の奥まで侵入する。プログラム次第で抵抗する市民を射殺したり、成人男性だけ殺すことだってできるわ。防空壕に逃げ込んだって何日も持たないわ。数日あれば都市は占領される。」

「もうSFの世界みたいだけど、考えてみると今の技術の延長線で出来そうだな。既存の兵器で対抗しようとすれば街全体を破壊するしかないかも知れない」

「でもそんな強力なロボット、数時間で電池切れしそうだし、銃弾だって尽きてしまうよ」

「ロジスティクスね。心配ないわ。ドローンがどんどん運んでくる、バッテリーも銃弾もね」

「何でもありだな。ハリストス聖戦団の半導体廃絶が少しまともに思えてくる」

「ハリストス聖戦団は核ミサイルだけでこの世界が浄化できるとは考えていないわ。もっと恐ろしい最終兵器を開発しているの」

「えー、もっと強力な爆弾?なんていうんだっけ。中性子爆弾とか?」

「爆弾で都市を破壊したっていずれ復興されてしまうわ。世界をリセットなんてできない。彼等の開発している兵器は『未来操作システム』って呼ばれている。AIの技術を使って仮想のネット空間を作るの。そのネット空間に何か書込みをすると現実のネットと同じ反応が返って来る仕組みね。まあ、シミュレータの一種ね。巧、株の空売りって知ってる?」

「間違いなく値下がりしそうな株があったら証券会社とかからその株を借りて、直ぐ売ってしまうんだ。その後に予想どおりに株価が下がったらまた買い戻す。値下がり分が儲けになるんだ。でも借りるとき手数料が要るし株が値上がりしちゃったら大損になる」

「あれからよく勉強したわね。未来操作システムに、『ある会社の株価を下げる方法』を尋ねると、こちらの手持ちのカードを使った戦術を答えてくれるの。ハリストス聖戦団のカードはハッキングで発信者を特定できないようにしながら投稿できることね。この間の回答は、先ず、その会社の社長が2代目で贅沢な暮らしをしていること。酒癖が悪いこと、その会社では警察のOBを雇っていることをさりげなくいろいろな所に発信するの。最後に極めつけでその社長がホステスに暴行してもみ消したらしい、っていう情報を流すの。後は自称頭の切れる人とか正義の人が、『酒癖の悪い2代目放蕩社長がホステスに暴行して警察がもみ消した』っている情報にして、ネットで拡散されるわ。システムの予想どおりあの社長はパワハラしてたとか被害者は一人じゃないとか尾ひれ情報がついてどんどん拡散されて炎上。無責任なマスコミが裏もとらないで記事にして、テレビにも取り上げられてネットを見ない人にまで広がったところがクライマックスね。その会社の株価は暴落。ハリストス聖戦団は空売りで大儲けってわけね」

「でも、直ぐに嘘がばれて警察も動くし名誉棄損で訴えられるよ」

「そうね、情報を拡散した人はIDが特定されて有罪、賠償請求されるでしょうね。でもハリストス聖戦団はハッキングで乗っ取ったIDで発信してるから捜査の手は及ばないわ」

「ひどい話ね。何が未来操作なんだか。ただの詐欺じゃない」

「今の話は未来操作システムの準備体操みたいなものよ。今は性能評価や精度向上に取り組んでいるところよ。本当の狙いは、革命戦争を起こすことなの。これだけ貧富の格差が広がっているんですもの、上手く誘導すれば世界中で暴動を起こすことは可能だわ。核ミサイル、ネットのハッキングを上手く組み合わせてプロレタリア革命を起こすことがシステムの最終目的なの。システム内でそれこそ何十億通りもの戦術を生成して、それがネット空間でどのようなことが起こるかシミュレーションして最終最適解を求めるの」

「AIを使った未来予測はみんなやってるけど未来を積極的に変更するのは恐ろしい考え方だな」

「阻止するのは至難の業ね。だからブレスドはせめて自分だけでも助かるようにロボット兵器の強化を急いでいるのよ」

「じゃあ今回はハリストス聖戦団と利害関係があるから自分勝手なブレスドが巧を救うために力を貸してくれるってこと」

「ブレスドが動き出したのは異例の事態になってるからよ。こんな小さな地方都市にハリストス聖戦団が20人近い人員を送り込んでいるらしいの。巧の情報はブレスドには渡してないけど何かの理由で巧が狙われていることは伝えているの。ブレスドも今回の話は巧に関係あると考えているの。巧、この間あったことを詳しく話してくれる」

「会議室の中に大きなモニターがあって怖そうなおじいちゃんが写ってた。総督って名乗ってた。それからテレビ会議をしたんだ。先ず、目の前に剣を置かれて手をかざすように言われた」

「どんな剣」

「何か古くて高そうな剣だった。宝剣っていうのかな。持ち手は金で装飾されてて鞘に入っていたから刃は見えなかったけど。で、何か感じないかって聞かれたけど何も感じなかった」

「本当にただの剣だったの?剣の形をした嘘発見器とかX線スキャナとかじゃなくて」

「たぶん、だだの剣だったと思う」

「その後どうしたの。僕のパソコンが画面に映されて色々聞かれた。彼等は僕のパソコンがウィルスに汚染されていると思ってたらしい。意味不明のごみファイルでハードディスクが一杯になってたから。そこまで調べられてるのかってびっくりした。でもウィムのことは気付かなかったらしい。それで画面を見て総督がパソコンの下からちょっとだけはみ出した魔法円を見つけてあれは何だという話になったんだ。部屋にいた若い男が僕の部屋の盗撮動画から魔法円全体が写ってる箇所を見つけ出して総督に見せたんだ。そしたら総督が急に怒り出して、悪魔を召喚して何を企んでいるかって聞かれた」

「魔法円は元々中世の魔女が悪魔を召喚するときに使っていたと言われているものだからね。魔女と思われたんだろうな」

「僕は男だよ」

「中世の魔女狩りの犠牲者には結構男性も含まれていたんだ。魔女じゃなくて魔法使いかな」

「まさか火炙りになるの」

「そんなことはないと思うけど、拉致されて薬物で徹底的に自白させられるでしょうね。恵も秘密を知りすぎてるから拉致のターゲットね」

「どうしてあの場で誘拐されなかったの」

「彼等もそんな準備は出来てなかったんだと思うわ。昼日中に利用者が大勢いる体育館で誘拐は難しいから。また機会を狙ってくるでしょうね」

「警察に届けなきゃ。でも信じてもらえるかな」

「たぶん信じてもらえないでしょうね。それに信じてくれたとして巧や恵の身辺を24時間警護なんてしてくれないわ。でも少し安心して。ブレスドのドローンがもう配備されてるから。異常があったら彼らの部隊が直ぐ動く。他に何か言ってた」

「最後に総督がショック何とか以来の災いだって言ってた」

「ショックレーよ」恵が補足する。

「ショックレー?聞いたことがあるな。ノーベル賞を取った学者だったような」

「健斗でも知らないことはあるのね。今、ネット検索するわ」

「ショックレー、半導体素子開発の父みたいな人ね。ノーベル物理学賞はバーディーンとブラッテンと3人で受賞してるわね。でも彼が接合型半導体や集積回路の開発を先導してる。彼が居なかったら半導体技術が登場するのは結構遅れてたかもね。それに彼は優生学の熱心な支持者だったみたい」

「優生学か。アンジェラの結社の基本スキームだね」

「まあそうね。でも彼は私たちの組織の一員ではないはず。私たちは優生学を大っぴらに宣伝したりしないし、ましてや他の人たちに強要なんてしないわ」

「彼らはショックレーが悪魔に操られて半導体技術を開発したって思ってるんだろうな」

「ウィム、聞いてた?そういえばウィムは聞かれたことにしか答えられないんだったわね」

「ああ中世の魔女の話は僕たちの仲間の仕業だ。最初は観察してたんだ。でも観察に飽き足らなくなって干渉してしまったんだ。萌芽文明に干渉する誘惑は大したものだからね。いろいろな知識を授けて神と崇められるのは凄く気分がいい」

「宇宙ルール違反じゃない。多くの人が魔女の烙印を押されて犠牲になったのよ」

「それは地球人の勝手な解釈でもあるけど申し訳ないことをした」

「っていうことはウィムが巧を操って魔法円を描かせたのね」

「そんなことはない。僕は巧から呼ばれただけだ。僕は人間の運命領域に干渉する力なんて持っていない」

「じゃあ誰の仕業だっていうの」

「そもそも誰かの作為かも分からないけど、そんな力を持っているのは始祖神くらいだ。地球神もある程度は可能だけど宇宙人を引き寄せるようなことはしない。始祖神だって個別の魂に干渉したという伝聞は知られていない」

「じゃあ誰の仕業なの」

「可能性があるとすれば終息期の文明人だ」

「終息期の文明?そう言えばウィムは文明は萌芽期、発展期、終息期に分かれるって言ってたね」

「そう、終息期は文明があらゆることをやり遂げて活動を低下させていくという状態と我々は理解している。でも中には新たな次元に入ることもあるらしいんだ。観測可能な宇宙の限界を超えて始祖神も手が届かない世界に進出とかね。でも萌芽期の文明が発展期の文明を知ることができないように、発展期の文明は終息期の文明を理解できないんだ」

「謎が深まる一方か。でも今回のことはウィムにも責任があるんじゃないかな」

「今からでも遅くないわ。ウィムの力で巧達を守ることは出来ないの」

「敵を攻撃したりは出来ないけど、守ることなら少しはできる。巧の誕生日プレゼントに防護球を贈るよ」

「そちらから物を送ることができるの」

「設計データをね。3Dプリンターのデータを送るから作ってもらいたいんだ。金属素材で作る必要があるからできる会社を探してほしい。分解能は最低でも0.1mmにしてほしい。出来上がったら樹脂でコーティングして完成だ」

「高度文明の英知が詰まった装置っていう訳ね。わくわくするわ」

「ただの量子触媒球だよ。魔法円よりはるかに高効率で情報のやりとりができる。エネルギーを出すような攻撃はできないけど、高速で向かってくる物体の運動量ベクトルを反転する」

「じゃあ弾丸もはね返すの」

「正確に。撃った銃に向かって同じ速度で返って行く」

「殴られたりしたら」

「速いパンチであるだけ強くはね返るから相手には大きな反動になる」

「ブラボー。無敵ね」

「でも炎や毒ガスなんかは守れないから注意してほしい。それから敵につかまれたりすると敵味方の生体認識ができなくなるから注意してほしい。逆に言えば手を繋いでいれば繋いでいる相手にも防御効果を持たせられる」

「こちらから殴ったら」

「相対速度の問題だから相手側に更に大きな反動を与えられる」

「パンチやキックの威力が2倍になるっていうことね。恵に打ってつけのアイテムね。まだ先かも知れないけど恵の誕生日プレゼントで恵の分も作ってくれないかしら」

「量子触媒球は1個としか交信できないんだ。2個も作ったら量子結合が乱れてしまう。3Dプリンタのデータも1個作ったら、すぐに廃棄してほしい。それから縁を結んだ巧としか交信できない。宇宙ルールぎりぎりの対応なんだ」

「わかった。早速注文する」

 巧の母が昼食の準備ができたと呼びに来た。居間に戻るとテーブルに豪華な昼食が並んでいた。テーブルの真ん中にはショートケーキが5個円形に並べられていた。

「こんなに頑張ったおふくろ初めて見た」

「うれしかったのよ。友達が誕生日のお祝いに来てくれて」

「そうね。美女が2人もお祝いにきてるんだもの。オタク仲間も呼べば良かったかしら」

「来るわけないよ。巧の誕生会したら他の奴の誕生会もやらなくちゃいけなくなる。超メンド」

 誰かの物まねらしい。アンジェラが小さな包みを取り出す。

「はい、私から」

 空飛ぶ円盤のキーホルダーだった。

「これ、健斗と僕から。いいものが思いつかなくて健斗と買いに行ったんだ」

「あー。レイナちゃんのマウスパッドとクリアーシートじゃないか。ありがとう」

「わたしはありきたりだけど」

 恵はプレゼントが思い浮かばす、ショップに買いに行って兄たちが使っているようなハンカチを買ったのだった。健斗と翔が二人で買いに行って結構気の利いたものを買って来たのは意外だった。

「今日は深刻な話になっちゃったけど現実を受け止めて。くよくよしたって仕方ないわ。私たちが全力で守るから安心して」

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