第22話

辿り着いた目的地。


桜橋下流。


ああ、この橋、TVで見たことあるやって、ぼんやりと思った。



もう人がいっぱいで、私は立ったまま見ることにした。




視界にあるスカイツリー。


出来た当時は、TVでばんばん流れ、田舎に住む人間は皆憧れたものだった。


でも今見ても、ただ無駄に高い塔にしか見えない。




山に囲まれ、川と戯れ、動物を追いかけて育った私が、

コンクリートやアスファルトだらけの世界に来た日。


驚きと新鮮さで、目が輝いていた。


別世界に来たみたいで、思わず歓声をあげていた。




なのに今は、もう何も感じない。





笑っている都会人を冷めた目で見て、たったひとりで花火大会に来ている。


隣にいる筈の彼は、今違う女性の腰を抱いて笑っているのだろうか。


私と一緒に過ごす予定だったあのホテルの一室で、

彼らは仲良く花火を待っているのだろうか。





そう思うと、喉が焼けるように熱くなり、圧迫された。


鼻の奥から何かが込み上げ、喉の熱が目頭に移っていく。


そして視界が滲み始めた時、観覧者が大きな歓声をあげた。






……花火、だ。


花火が、始まったんだ。






紅に黄金、緑に青。


夜の空をバックに、炎の花が咲き乱れる。


他人の歓声が大きい中でも耳に届く、花の火が打ち上げられ、散る音。





なのに何故だろう。


その花が、濡れているように見えるのは。


燃え上がっている筈なのに、潤んで見えるのは、何故?





私は嗚咽を漏らした。


殺さず漏らした。


どうしたって、こんな騒音の中じゃ誰にも聞こえるわけないって思ったから。




思いっきり泣きたい。


喚くように叫んで、その場に崩れ落ちて、

思う存分水分を絞り出したい。




こんな上品に、悲劇のヒロインぶって泣きたくない。


けれど、やはり人目を気にして、

私は小さな嗚咽しか漏らせなかった。





涙が瞳から溢れ、頬を伝い、顎から滴る。


彼氏なんていないのに、可愛くメイクしてきたのに、今崩れ落ちる。






好きだよ。


好きだったよ。


今でも忘れられないよ。




田舎出身の私に優しく付き合って、

馬鹿にすることなく全部教えてくれた貴方が、

忘れられないの。





愛していた。


愛してる。


どうしようもないくらい、愛してる。




けどもう、貴方は私より好きな人を見つけてしまった。




「捨てないで!他の女を選ばないで!私を、置いていかないで……っ!」




素直にそう言っていたら、

貴方は私に柔らかい抱擁をしてくれましたか?


考え直して、くれましたか?


今この瞬間、私の浴衣姿を誉めてくれましたか?





病気でもないのに心臓が痛い。


息が出来ないほど嗚咽が酷い。


涙だって、止まらない。




彼と見る筈だった花火。


美しく、幻想的で、儚い花。





私は散りゆく花火に願った。








どうか私の愛も、一緒に散って消えてくれと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る