第12話

そしてそのまま僕たちは、結婚することなく同棲し始めた。



マンションをローンで買って、笑顔で暮らした。


でも、決して結婚はしなかった。


だから二人とも、名字は違うままだった。




周りから「あれ、結婚してなかったんだ?」と、驚いた顔で言われることもしばしば。


でも僕と彼女は、笑顔でそれに頷いていた。




彼女と一緒に暮らしていると、結婚なんかどうでもよくなった。


君と共に幸せに生きていけることに、十分満足していたから。




喧嘩だってしたし、家出だってあった。


でも結局、お互いが恋しくなってすぐに謝る。その繰り返し。



子供は作らなかった。


だって結婚していないんだもの。




僕はちょっと残念だったけど、君が「ごめんね」と少し悲しげに微笑んだから、何も言わなかった。






気がつけば会社も定年退職していて、年金生活を送っていた。




君の顔に皺が増え、体が少しずつ衰えていっても、僕は君を愛し続けた。


君だって、こんなジジイになってしまった僕を、決して見捨てなかったんだから。





そして先週、遂に君が他界した。


病気じゃない。老衰だった。




最期の瞬間、君は手を握った僕に言ったね。





『ありがとう。


ずっと一緒にいてくれて、愛されて、幸せだったわ。


私はきっと、世界で一番の幸福者ね』






そして君は眠りについた。


僕より先に、あの遠い場所に逝った。







……僕は皺だらけの顔に笑みを浮かべた。


そして、病院のベッドの上でゆっくりと息を吐く。





もう体が重い。動きたくない。


とても眠たくて、たまらない。


もう十分生きたし、もういいかな。





きっと、そろそろ僕も逝くのだろう。


愛する君がいる、その場所へと。





君と再会出来たら、また一緒に暮らせるかな。


お墓は別々だけど、向こうでは一緒だよね。





僕はそこで、最後の長い呼吸をした。


瞼の裏に流れる走馬灯は、愛する彼女の笑顔。






未練のない人生だった。


本当に満足した。



じゃあね。











『さよなら、僕の人生』

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