泣きだしてしまいそうなほどの雨足に
雅
本懐
降るのが小雨なら
濡れるのを嫌い、傘を差そう。
それから少し、強まった雨でも
まだ耐え凌ごうと
どうにか頑張ってみせよう。
けれども風が吹き、
靴の中にまで入った雨水が、
靴下を浸して、
ズボンの裾が足に張り付くほどの雨は、
もうどうしようもない。
懸命に、見栄で差していた傘は、
強く吹き付けた突風に飛ばされて。
水気を帯びた髪は顔にぺたりと密着する。
目の前はぼやけて、足取りはふらつき。
私は……私は。
――もう終わってしまいたい。
手足は痺れて、身体は重たくて。
――もう、倒れてしまいたい。
誰に褒められなくとも。誰に認められなくとも。
生きていけると思っていた。それが間違いだった。
私は人よりも寂しがり屋なのに、だというのに。
私は私が作った輪に囲まれて、けれども、その中心に立つ私はたった一人、この雨に濡れている。
取り保った間柄に挟まれて、微笑む私は邪魔者で。
綻びの結び目は一度、結ばれてしまえばもういらないのだ、と気付く代償は小さな痛み。
幾つもの気付きを得るまでに一体、私は幾つの代償を払ってきたのだろう。
それすら最早、忘却の彼方。私の痛みはもう知覚する事さえ許されない。
倒れてしまう。崩れてしまう。壊れてしまう。
いつしか、それは私の救いに変わっていく。
倒れてしまおう。崩れてしまおう。壊れてしまおう。
そうやって、狂ってしまおう。
そうしたなら、そうあれたなら、きっと楽なんだ。
もう傷付かなくていい。もう優しくしなくていい。もう生きていなくて……。
雨よ。哀しみの雨よ。私を連れ去ってくれ。
私の両の瞳より流るる、この滴は流れてはならぬもの。
私はありたい私であっただけ。誰の所為でもなく、私はわたしを傷付け続けてきた。
悪いのは弱い私なのだ。悪いのは夜を怖がる私なのだ。悪いのは生きようとする……。
半分狂った私は思う。
生きようとするから苦しくて、生きようとするから痛い。
諦めてしまえば、怖くはない。
受け入れてしまえば、いい。
生とは有限。いつかは死ぬ。いつかは朽ちる。
向かう先は同じ。生きたい人間に私の生を分け与えてしまおう。欲しい人間に私の幸福を切り分けよう。
私にはもう味のしなくなってしまったこの世界を、まだ鮮やかに彩ることのできる人に、差し出してしまおう。
世界は無色で、目が、耳が、鼻が、舌が、肌が、彩りを与える。
それらを司るは心で、この死んでしまった心ではもう何も見えず、聞こえず、嗅げず、味わえず、感じられない。
けれども、私を濡らす、雨が。
横たわる私の頬を濡らす、雨が。
嗚呼、その雨の温かさだけはこの胸に抱いていこう。
じんわりと温もりの広がるその雨が、在りし日の手の温もりを思い出させる。
ないない尽くしで見えなかった、ほんのちっぽけで、大切な温もりを思い出させる。
もう、何も見えはしないけれど。
空に伸ばした手は――。
泣きだしてしまいそうなほどの雨足に 雅 @miyabi_toka
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