獄中結婚
高峰一号店
獄中結婚
稜美と友希という2人の女の子が旅の途中で立ち寄った南洋の小さな島国を歩いていると、トニーと名乗る怪しげな薬売りの男に、少し間違った日本語で話しかけられた。
「飲むと気持ちくなる薬を買わないか? もちろん合法だよ」
2人は役者志望で、いろいろな経験をして見聞を広げたいと思っていたので、薬を買い、夕食の後、ワインに混ぜて飲んだ。
翌日、検閲所を出るとき、薬物探査犬が吠えた。検査官が荷物をチェックし、薬が出てきた。2人は逮捕された。
「この薬、合法でしょ?」
「この薬を合法化する法律は国会を通過したが、施行はまだだ。現行法が適用されるので、君たちは無期懲役だ。我が国の法は王でさえ例外を許さないほど厳格なのだ」
投獄された2人は悔しくて涙が出た。聞いた話だと、薬売りのトニーはユルユルの性格で、よくドジを踏んで人に迷惑をかける人物だということだった。トニーは薬品取り扱い免許を持っているので、逮捕されないというのも癪にさわった。
旅行者逮捕のニュースが報じられると、留置所の前に長蛇の列ができた。ニュースで2人を見た男たちが、獄中結婚を申し込みに来たのである。2人は10代の頃はアイドル活動をしていたくらいなので、おしゃれでかわいかった。
2人は誰とも結婚する気はなかったが、自分たちの味方になる人がほしかったので、多くの男に会った。求婚の男たちに交じって、薬売りのトニーがやってきたので接見した。
「僕のせいで無期懲役になって申し訳ない。お詫びに君たちが早く自由になれるように手を打っておいたよ。僕は顔が広いので、この国の有力者に会って、君たちを推薦したんだ。明日、この国の皇太子と、反王政派のリーダーのゲバラとが、求婚にくる。彼らと獄中結婚すれば釈放の近道だよ」
それから声をひそめて言った。
「獄中結婚しても、体だけ気持ちくなればいいよ。彼らを心から愛してはいけないよ。近々王政派と反王政派の間で内戦が勃発する。彼らは2人とも、いつ死ぬかわからない人たちなのだよ。君たちは人質として、どちらかの軍にさらわれるかもしれない。そうなると、拷問や暴行などで、どんなひどい目に遭うかわからないから、いざというときのために、毒薬を渡しておくよ」
稜美は皇太子、友希はゲバラと獄中結婚した。この国では、お金さえ払えば、刑務所の敷地内にある海沿いのコテージに、囚人とパートナーが泊まることができる。皇太子もゲバラも2日と空けずやってきた。革命期の皇太子は、勇気と気力にみなぎりつつも、優雅さを持ち合わせていた。反王制派の革命家ゲバラも豪胆でありながら、人に嫌な思いをさせない細やかさがあった。2人とも夫を愛し始めていた。
内戦が勃発した。2人はそれぞれの軍に守られて刑務所から連れ出されたので、人質にはならなかったが、皇太子の側、ゲバラの側に分かれ、激戦を目の当たりにしたので、友達同士で殺し合っているようで、苦しかった。
民衆が反戦のために立ち上がった。「一刻も早く戦争をやめろ」と、国民のほとんどがデモに参加して街を練り歩いた。調停役に、両軍に顔がきく薬売りのトニーが選ばれた。トニーは交渉をまとめ上げた。両派は停戦に合意した。トニーは祝賀パーティーを催した。
パーティーに参加した両軍の首脳陣たちがいつまでたっても会場から出てこないので、稜美と友希が会場に行ってみると、みんな倒れていた。あたりには乾杯のグラスが散らばっていた。薬売りのトニーが乾杯の酒に毒を盛って、双方の中枢にある人たちを殺害したのだった。トニーは稜美と友希が来たのに気づくと、こう言った。
「長老たちは、僕が軍人を排除したら、僕を王にしてやると言っていたよ。だから、僕だけ先に解毒薬を飲んでから乾杯して、見事、暴力的な連中をやっつけたというわけさ。明日からは僕が王様だよ。僕が王様になったら国民みんなが気持ちく暮らせる国をつくるよ。そして、2人も釈放してあげるよ」
トニーはこうも言った。
「2人とも僕の妻にならないか? この国は5人まで妻を持てるよ。みんなで気持ちくなると楽しいよ」
2人はトニーを睨んだ。この男は自分たちが愛し始めていた夫を殺した男だ。
「まあ、その話は後でいいや。喉が渇いたので、水をくれないかな?」
トニーはユルユルの性格だから、残っていた酒を飲んでベロベロに酔っていた。
稜美は自分が持っていた毒をグラスに入れて、トニーに飲ませた。トニーがグラスの半分を飲むと、今度は友希が「こっちの水のほうが冷えてるよ」と言ってトニーのグラスをもぎ取り、毒の入ってないグラスを渡した。トニーは水を飲み干した。
翌日、トニーは「珍しくひどい2日酔いだ」と言いながら起きた。昨日のことはあまり覚えてなかった。その日じゅうに緊急国会を開いて法案を通し、2人の釈放命令にサインした。2人は無事出国した。
「友希、ありがとう。友希のおかげで人殺しにならなくて済んだ」
「そうね、あんなユルユルの男でも、殺すわけにはいかないものね。あの国のことはあの国の人々に任せましょ」
そう言って、南洋にある小さな島国を後にした。
─完─
獄中結婚 高峰一号店 @takamine_itigouten
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