地獄と絶望の中で生きてきた毒娘

@hinagikumomoka

第1話 謎の少女との出会い

「アキラside」

いつも通り、自分のお店を回った帰り道、路地裏から怒鳴り声と何かが倒れる音がした。

ここは、お世辞にも治安がいいとは言えない街。はっきり言って悪い。

俺のようなヤツには、生きやすい街だが。

いつもは、気にも留めず通り過ぎるが、今日は何となく路地裏を除いてみた。

そこには、3人の男に囲まれて、上半身の服をほとんど破られ、道に転がされて襲われそうになっている少女がいた。

たぶん10歳から13歳くらいだろうか。

怯えることなく、男たちを鋭い眼光で睨みつけている。

「何生意気な目で見てんだよ」

「調子乗ってんじゃねぇよ」

男が少女のお腹を蹴り上げる。

流石に痛いのか、苦しそうな顔をした。

しかし、その瞳には、怯えが欠片も見えない。

「偽善ぶりやがって!子供だからって許されるとでも思ってるのかよ」

男はナイフを出して少女の首に当てる。

「おい、お前たち、何をやっている」

何かを感じ、普段なら気にも止めずに立ち去るが、声をかけていた。

「なんだよ、…っ」

俺の顔を見て、男達は息を飲んだ。

「あ、アキラさん。いや、この娘が生意気言いやがって、ちょっと世間を教えてやろうかと……」

少女から離れ、言い訳こちらに寄ってくる三人。

その時、男達の後ろからすごい早さでこちらに踏み込んでいる少女が見えた。

ザシュ

音が響いた

あぁ、知っている。

ナイフで人体のどこかが切られる音だ。

目の前の男は、何が起こったのかわからない、という顔をしながら崩れ落ちた。

「ひっ」

それを見て、声を上げる残りの二人。

少女の右手には、先ほど少女を脅すために使用されたナイフが握られており、血が滴っている。

男を見ると、両方のアキレス腱が綺麗に切られていた。

切られた男は、その場に倒れこむ。

冷徹な無表情で見下げる少女。

その顔を見た瞬間、ゾクゾクした。

自分の中で初めて感じた感情。

少女は再度ナイフを構えようとした。

慌てた残りの男達は、走り逃げて行った。

沈黙が訪れる。

道に倒れ、腱から血を流しながら呻く男。無表情の少女と俺。

「……ありがとう」

一拍置いてから、少女から声をかけられた。

その瞳に感情は見られない。

「ヒカル」

俺はいつも傍にいる部下の名前を呼んだ。

路地裏から見えない隠れたところで待機しているのには、気付いていた。

「なんでしょうか。」

長い金髪を一つに括り、この町では少しキレイ目なかっこをしている男が出てきた。

「そこの転がっているヤツを何とかしておけ」

そして無表情に立っている少女に近づく。

「そんな服で出歩くことなんか出来ないだろ。俺の家がこの裏路地からすぐいけるから、これ着てついてこい」

羽織っていたロングコートを少女に渡す。

少女は、一度コクンと頷き、コートを手に取って羽織った。

それを見て、俺は家に向かって歩き出す。

少女が後ろをついてくる気配を感じる。

(俺らしくないな)

なぜかわからないが、今までにはない胸の高鳴りを感じながら、帰路についた。


(アキラside)

2階建ての築浅の普通のマンションの前。

治安の悪いこの街では、かなり立派な建物だ。

鍵を差し込んでドアを開ける。

俺が入っていくと、少女がついてきた。

「ところで、その物騒な物を手放してくれないか?」

男の腱を切ったまま、右手に握りしめられているナイフを顎で指した。

「……」

少女は、そっと目の前の書籍棚の上にナイフを置いた。

少女と見つめあい、沈黙が訪れる

相変わらず何を考えているのかわからない表情をしているが、先ほどの冷徹さはない。

「そこの右手のドアに風呂があるから、とりあえずシャワーを浴びてこい。家具を血で汚したくない」

少女を風呂へ促す。

少し警戒する仕草が見えた。

「子供相手に何もしねぇよ。浴びてる間に適当に服用意しとくから、早く流してこい」

少女は、少し表情を和らげてから、風呂へ入って行った。

(連れてきたのはいいが、どうするか)

とりあえず、適当に引っ掛けた女供が置いていった服を漁る。

栄養失調としか思えない薄くて細い体に合う服など到底なかった。

仕方なく、自分のTシャツを用意した。女性ものは露出が多く、小さな体の少女では、恐らく着れないだろう。

風呂場に持っていき、入り口に置いておく。

恐らく浴びていた少女の動きが止まり、警戒されているのがわかる。

「着るもの置いといたから、これ着ろ」

俺がドアを閉めると、再度シャワーで洗っている気配がした。

(俺らしくない)

俺は、この治安の悪いこの街の、治安の悪い奴らの組長をしている。

別に、自分からそうなりたくて、なったわけじゃない。

なぜかそういった奴らから慕われて、そういう感じになっているだけだ。

誰が偉いわけでもない。群れているわけでもない。

そういう状態で。

今回のような出来事は日常茶飯事のこの街で、人助けなんてしない。

……しかし、少女に、何か引き付けられるものがあった。

(とりあえず、出てきたら名前を聞こう)

久々に人間に興味が沸いた。

そう思うと、少女が風呂から出てくるのが楽しみになってきた。



(ヒナside)

どうでも良かった。

もう、本当にどうでも良かった。

兄から逃げてこの街に来て。

この街に来ても、兄に怯える日々。

そんな中で、食料を調達するために街を歩いていると、道の端の方で男三人に絡まれている女性が見えた。

その中の一人に左手を握られ、路地裏に連れ込まれそうになっている、この街に似つかわしくない、キレイな女性。

普段は気にも止めないけど、何となく、もうどうでも良くて、気付いたら男達に声をかけていた。

すると女性の手を放して、キャンキャン喚きながら私を路地裏に投げ入れてきた。

乱暴に襟をつかまれ、無理矢理立たされてお腹を殴られた。その衝撃で、擦り切れて薄い布になっていた服が破れる。

(どうでもいいか)

そのまま、私を殴って蹴ってしている男達を受け入れていた。

痛いことは痛い。でも、心が壊れている私には、どうでも良かった。

反応がない私に満足できないのか、男の一人が私の首筋にナイフを当てた。

(あー、この人、切ったら死ぬのにな)

そう思いながら、抵抗せずにいた。

その時、一人の男性が、路地裏に入ってきた姿が見えた。

赤い鋭い目、茶色の短髪、ぶかぶかなTシャツにぶかぶかなズボン。ジャラジャラつけたアクセサリー。

首や腕に、入れ墨も見える。そして何よりも、威圧感がすごかった。

一目で、この街の中でもヤバい奴とわかる。

彼を見た瞬間、私の中で何かが起こり、脈がドクンと打った。

私を襲っていた男達は、彼を見て、私から離れて彼に何か言いに離れていった。

気付いたら、男の落としていったナイフを持って、私は男にとびかかり、両腱を切っていた。

慣れている。人間の急所に、自然と体が動く。

目の前の男が血を吹き出しながら倒れこみ、残りの二人が逃げていった。

この場には、彼と男と私。

正確にいうと、その裏に一人男がいるが。

「……ありがとう」

気付いたら声が出ていた。

人に礼を言うのは、何年ぶりだろうか。

何故か言葉が出てしまったことに、内心動揺する。

表情に出さないように必死に無表情を貫いた。

「そんな服で出歩くことなんか出来ないだろ。俺の家がこの裏路地からすぐいけるから、これ着てついてこい」

確かに、こんな状態で帰ることなどできない。

大人しく彼の後ろを付いていくことにした。


そんなこんなで、シャワーを借りて。

(さて、今からどうするか)

ここを出たら、何をされるのだろうか。させられるのだろうか。

単純に人助け?

そんな人には、到底見えない。

心の中の何かに惹きつけれれ、家についてきたのはいいが、何も思いつかない。

(このまま無事に返してくれるのだろうか……)

まぁ、もうどうでもいいや。

そう思いながら、私はシャワーを終えて、用意してくれていた服に袖を通した。



(アキラside)

俺のリビングのソファーに二人で腰かけている。

名前を聞いたら、「ヒナ」と言った。

連れてきたのはいいが、どうするか。

正直、困っていた。

何故かこのまま、ヒナと別れたくなくて。

でも、欲情とか、そういう感情ではなく。

服も上げたし、正直家に居てもらう理由もない。

(……居てもらう……?)

自分の不思議な言葉に驚く。

今まで、女を適当に抱いたが、寂しかったわけでもないし、女自体には興味がなかった。

しかし、何というか。

ヒナのことを知りたい、という気持ちが出てくる。

何を考えているかわからない、前を真っすぐ見ているヒナの横顔を見ながら、考える。

くぅ~

その時、小さな音が静かな部屋に鳴り響いた。お腹の音らしい。

「あ……ごめんなさい、朝から何も食べてなくて……」

ヒナがこちらに顔を向けて、恥ずかしそうに話す。

「あぁ~、俺も腹減ったな。」

基本的に自炊しない俺の家には、食料がない。

「食べにいくか」

俺が立ち上がると、下から、ヒナが困惑した目で見上げてきた。

「申し訳ないけど、外食が出来なくて……」

「大した物作れないけど、家に食材あるから、食べに来ますか」

1食分なんて、余裕で奢るくらいのお金に余裕であるが。

(まぁ、結局こんな夜道を歩いて帰らせる訳にもいかないし)

何故かそう自分を納得させて、ヒナの家に行くことになった。


この街の中でもひと際汚いアパートの2階。

ここがヒナの家らしい。

そんな外観に似つかわしくない、2個の鍵が取り付けられた鉄の扉に、鍵を差し込むヒナ。

ドアが開くと、アパートのイメージ通りの木製の所々軋んでいる廊下、奥にワンルームが見えた。

ベットと箪笥しかない簡易な部屋だったが、キレイに保たれている。

しかし、違和感があった。

唯一付いていた窓には、木が打ち付けられ、外からは見えないようになっていた。

「椅子はないので、ベッドにでも座ってて」

そういいながら、ヒナは台所と思わしき壁に仕切られたところに入って行った。

することもないので、部屋の中を観察することにした。

ベットと箪笥、そして少し大きなキャリーケースがあった。

違和感を感じ、キャリーケースを見ようと立ち上がると、手に何かが当たり、枕の下に何か固い物が入っているのがわかる。

枕を開けると、そこには、立派な単発式けん銃があった。

よく手入れをされており、間違いなく使用出来る。

銃を片手に眺めていると、

「できた」

声を掛けられて、驚いて顔を上げた。

全く気配がわからなかった。

ヒナの持っているお盆には、何かよくわからない雑草のような物を炒めた料理と、適当に野菜をぶち込んだようなスープが乗っていた。

すごくいい匂いがする。

「旨そうだな」

俺は動揺を隠しながら銃を枕の下に戻し、お盆を受け取る。

はっきり言っておかしい。

この街で、この環境で生きてきた俺が、気配を感じなかったとかありえない。

何かがおかしい。

ヒナは、もう一度台所に戻って自分の分のご飯を持ってきた。

「美味しいかは知らないけど、取り合えず、お腹は膨れる」

そういって、ヒナはスープを飲んでいる。

俺も一口スープを飲んだ。

(うまい……)

程よい塩味と野菜の旨味が丁度良く、かなり美味しい。

少しニヤニヤしてしまっていたかもしれない。

そんな俺の顔をじっと見ていたヒナは、少し微笑んでまたスープを飲み始めた。


(ヒナside)

家に呼んで、二人で食事をすると、少し心が解れた。

少し話をしていると、遠慮しながらアキラが聞いてきた。

「普段何して生活しているんだ?」

私は普段、この街へ連れてきてくれた叔父のお店、銃の修理工房で手伝いをしている。

本来ならば、叔父にこれ以上迷惑を掛けたくないので、違う場所で働きたいが、戸籍もなく、未成年ではどこも雇ってもらえない。

取り合えず、そのようなことを伝えた。

一拍考えたあと、アキラが

「この拳銃を見たが、かなりの手入れと整備がされていた。さぞかし、立派な職人なんだろう。店名を教えてくれないか」

と言われ、一瞬躊躇ったが、この数時間、この人と過ごしていて、なぜか安心感があったから大丈夫だろうと、店名を教えた。

その後、十数分話したあと、彼は、帰って行った。

(なんか、色々あったな)

今は、どうでも良くて絶望していた朝のような感情はなく、逆に少し高揚している。

(まぁ、もう会うことはないだろうな。違う世界の人っぽいし)

そう思いながら、返し忘れたTシャツを着たまま、就寝した。


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