火焔山と長官夫人 ~SUZAKU&SEIRYOU~
ウケイ国の中心、ひときわ目を引く大木がそびえ立つ広場に、
カワノは、柔らかな口元をきゅっと引き結び、周囲の空気を探るように静かに目を巡らせた。凛とした佇まいだが、その瞳の奥には、わずかな動揺が揺れていた。この国に戻ったところで、安息など訪れず、また新たな騒動が待ち受けているであろうことを、彼女の分析的な頭脳は既に予測していた。そして、隊列のやや後方、鎖に繋がれたまま意識を失っているシバ子の存在が、その予感を裏打ちしていた。白い布に身を包まれた未来視の姫は、その怜悧な顔立ちを静かな眠りに沈ませ、あらゆる鎖で雁字搦めにされている。まるで、白い繭に包まれた蝶のように、その内に秘めた力を隠していた。
ヤチホコは、ウズメとチヨによる「特別訓練」を終え、心身ともにボロボロになりながらも、なんとか
「ふぅ~。マジで死ぬかと思った…」
彼の顔には、疲労の色が色濃く浮かび、いつも以上に口数が少なくなっている。その言葉の節々には、生還した者特有の、諦めに似た安堵が滲んでいた。
キンとギンは、遊撃小隊四神であることが露見し、ソミン拠点への強制送還が決まっており、不満が顔に滲んでいた。彼らの顔は、まるで餌を取り上げられた子犬のようである。
「「母ちゃん、マジ勘弁…」」
イワノは、腰に下げた
そこにいたのは、紛れもないクシナだった。
彼女の姿は、以前と変わらず、十代後半といった若々しさを保っている。しかし、その雰囲気は以前にも増して引き締まっており、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭さを感じさせた。日差しを浴びて健康的に焼けた肌には、うっすらと鍛え上げられた筋肉の影が浮かび、飾らない動き一つ一つに、無駄のない力強さが宿っている。それは、柔らかな花びらの奥に隠された、鋼鉄の芯のようであった。
彼女の瞳は、真っ直ぐに
クシナの傍らには、数人の屈強な八十神隊の隊員が控えている。そして、その中には、先ほどヤチホコを特訓で追い詰めていたチヨの姿もあった。彼女は、涼やかな表情を浮かべ、
その場の張り詰めた空気を、チヨの怒号が切り裂いた。それは、静寂に投げ込まれた一石のようであった。
「各位!
「む~ッ! チヨ元総副官?」
クシナは頬を膨らませる。その幼い仕草は、武闘派としての精悍さとは裏腹に、見る者を和ませる可愛らしさを湛えていた。それは、まるで猛獣の咆哮の後に、子猫の鳴き声が聞こえるような、絶妙なギャップであった。
思わず、キンが、その可愛さに目を奪われ、声を張り上げた。
「付き合ってくださいッ!」
チヨは、そんなキンを優しくたしなめるように微笑んだ。その微笑みは、まるで春の陽光のように温かく、しかし、そこには決して踏み込ませない壁が存在していた。
「こう見えて人妻だ。君のおばあさまより年上だぞ?」
その言葉に、キンは固まり、他の
沈黙が、広場に降り注ぐ日差しの中で、長く重く響いた。場に満ちる驚愕と困惑の波紋が収まるのを待つように、一呼吸置いた後、カワノは静かに一歩前に出た。彼女の視線は、クシナへと向けられた。その一歩は、まるで舞台の幕開けを告げるかのような、静かで確かなものだった。
「ご挨拶が遅れました。
深々と頭を下げ、カワノは隊長としての礼節を尽くした。そして、顔を上げ、言葉を続けた。
「
カワノは、
「引っ立てぇ~い!」
シバ子は縛につき、イワノの付き添いのもとに、ゆっくりと広場の中央へと連れて行かれる。その姿は、まるで祭りの生贄のように、静かに、しかし抗えない力によって運ばれていく。
「え、なんでシバ子、悪いこと」
怯えた声で問いかけるシバ子に、イワノはにべもない。その声は、まるで迷子になった小鳥のようである。
「無許可で路上ライブしましたよね?」
イワノの冷静な指摘に、シバ子は口を噤んだ。しかし、そこにヤチホコが駆け寄ってきて、シバ子を慰めるように声をかけた。
「シバ子ちゃん、取調室のカツ丼は格別だぜ? 大丈夫、悪いようにはならないさ」
ヤチホコのその言葉は、シバ子を励ますものだったが、取調室でのカツ丼という具体的な描写に、周囲の隊員たちは引き攣った笑みを浮かべた。それは、慰めと同時に、尋問の過酷さを暗示する、シュールな光景であった。
ヤチホコたちを見送ったカヅチが、どこか落ち着かない様子のクシナに尋ねた。
「大叔母上さま。
カヅチは、先ほどの訓練で見たクロの圧倒的な力、そしてテラスがクロを指して使った「
「戦友、ですかね?」
その可愛らしい笑顔に、キンは再び目を奪われる。
すかさずに、今度はギンが、何かを振り切るように、仙術を繰り出した。それは、まるで止められない衝動が、形になったかのようであった。
「
仙術が巻き起こした疾風がクシナへと向かうが、クシナは微動だにしない。それはまるで、嵐の前の静けさのように、全てを受け入れるかのようであった。
「なんのッ!
クシナは、幼い見た目からは想像できない張り手で、疾風を打ち捨てた。その衝撃でギンはたたらを踏む。それは、まるで岩にぶつかった波が砕け散るようであった。
「ち、ちが、これは、つ、付き合ってください!」
ギンは、顔を真っ赤にして、先ほどのキンのように言葉を紡ぎ出した。その言葉は、まるで壊れた蓄音機から漏れる、ぎこちない音のようであった。
クシナは、その言葉を遮ることなく、にこやかに快諾した。
「いいですよ?」
その言葉に、ギンは満面の笑顔を咲かせた。それは、まるで枯れた大地に水が降り注ぎ、一瞬にして花が咲き乱れるかのようであった。
「え、ギンってまんま女子ですぜ?」
カヅチの言葉に、クシナの笑顔は瞬時にしぼむ。それは、まるで太陽の光が突然遮られたかのように、急速に影が差した。
「見ればわかりますよぉ~。おともだちになってってことでしょ?」
ギンの笑顔は瞬時に消失し、肩を落とした。それは、まるで打ち上げ花火が燃え尽き、暗闇に消えていくかのようであった。
「「ドンマイ」」
隣にいたカヅチとキンが、肩を落とすギンを慰めるように声を揃えた。その声は、まるで遠くから聞こえる鎮魂歌のように、静かに響いた。
ウケイ国での
広場の片隅で、総隊長の
「諸君、先の任務、ご苦労だった。シバ子の身柄はこれで確保できた。つきましては、次なる任務を伝える」
「ヤチホコ、イワノ、シバ子の護送を頼む。
「承知いたしました!
ヤチホコとイワノは、疲労の色を滲ませながらも、引き締まった顔で敬礼した。彼らにとって、シバ子の護送は容易な任務ではないだろう。それは、まるで重い荷物を背負って険しい山道を登る旅人のようである。
「キン、ギン。お前たちはソミン拠点へ帰還」
「「母ちゃんに怒られるぅ~…」」
「
総隊長
「「ちょぉ
ふたりの
「聞こえな~い」
総隊長
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
引き渡しを強行突破。
「カワイー子には旅をさせろって言うじゃない?」
総隊長
「「ま、いいけどよ」」
かくして、
★★★★★★
「はぁ~、なんで俺たちだけこんな暑苦しいところに来なきゃなんないんスかぁ…」
カヅチが、既に全身から汗を噴き出しながら愚痴をこぼす。肌を刺すような熱気が、容赦なく彼らを包み込む。それはまるで、熱帯のジャングルに迷い込んだ異邦人のようであった。
そんなカヅチの様子を、クシナはニコニコとした笑顔で見つめていた。彼女の顔には、汗一つ見えない。
「だらしがないですねぇ~、カヅチぃ~」
武闘派としての彼女の言葉には、どこか呆れたような響きがあった。クシナにとって、この程度の熱さは日常の鍛錬の範疇なのだろう。その表情には揺るぎない自信と、隊長としての威厳がにじみ出ている。それはまるで、炎の中で静かに咲く一輪の花のようであった。
「愚痴ってる暇があったら、水分補給しなさい。それと、体力温存。ウズメ先生の出番まで、まだ時間があるわ」
カワノが、冷徹な視線でカヅチを一瞥し、手にした水筒を差し出した。彼女の冷静さは、この灼熱の環境でも揺るがない。それはまるで、どんな嵐の中でも方向を見失わない羅針盤のようである。
目の前に広がるのは、まさに「
「まさか、これが
クシナが、その壮絶な景色に息を呑む。彼女の目にも、この場所の異様さは強く映るようだ。だが、その表情には、どんな困難にも立ち向かう覚悟が秘められている。それは、まるでどんな逆境も乗り越える、不屈の精神の表れのようである。
「ここを抜けたら、ゴズ保護任務も佳境に入るわ。みんな、気を引き締めて」
カワノは、厳しい表情で隊員たちに告げた。その声は、まるで遠くで鳴り響く警鐘のように、隊員たちの心に響いた。
「さあ! あたくしの出番ですわよ!」
ウズメが、突如として隊列の先頭に躍り出た。彼女は、燃え盛る炎を背景に、まるで自身のステージであるかのように、すっと腕を上げた。その姿は、まさに火の海に舞い降りた、一羽の鳳凰のようであった。
その瞬間、あたりにギラついた不協和音が鳴り響き渡る。どこからともなく放たれたギラギラな照明が、ウズメの艶やかな肢体をエロッティックに浮き彫りにした。彼女の姿は、まるで熱狂の渦の中心にいる舞姫のようだ。それは、まさに神がかり的なパフォーマンスであった。
「な…なにこれ…」
カヅチは、その光景に呆然と立ち尽くす。彼の鼻の下が、僅かに伸びているのが見て取れる。それはまるで、目の前に現れた幻影に魅了された者のようであった。
「う、ウズメ先生…」
クシナも、そのあまりにも大胆で幻想的なパフォーマンスに、目を奪われている。彼女の武闘派としての研ぎ澄まされた感性が、ウズメの「表現」の奥深さに触れたかのようだ。それは、まるで新たな境地を開拓する、探求者のようである。
カワノは、その瞳の奥に驚きを宿しながらも、冷静に状況を分析しようとする。
「これが…
彼女の言葉に、ウズメは妖艶な笑みを浮かべた。その笑みは、まるで秘密を共有する魔女のように、見る者を惹きつけた。
ウズメが腕を高く掲げ、その体から放たれる熱狂的な波動が
炎が、ウズメに見惚れたかのように、すぅっと消えていったのだ。
燃え盛っていたはずの岩肌から熱気が引き、黒い煙は薄れ、硫黄の匂いも和らぐ。灼熱の道を塞いでいた炎の壁は、まるで幻だったかのように消え失せ、彼らの目の前には、安全な道が拓かれていた。それは、まるで魔法の絨毯が、行く手を阻む壁を消し去ったかのようであった。
それは、
「ま、マジかよ…」
カヅチが、呆然と呟く。その声は、まるで夢の中にいるかのようであった。
「これが、水先案内人としての役目ですわよ」
ウズメは、涼やかな表情でポーズを決め、
美猴王は、その隣で静かに頷いている。
「さあ、みんな! 道は拓けましたわよ! あたくしに続いてくださいまし!」
ウズメは、隊に呼びかけた。その声は、まるで未来へと導く導き手のようであった。
カヅチは、まだウズメのあまりのインパクトに思考が停止している。
「…まったく」
カワノは深いため息をつきながらも、その瞳にはウズメへの確かな信頼が宿っていた。
クシナは、目を輝かせたままウズメを見つめている。彼女の武闘派としての感性が、新たな「研鑽」の形を見出したかのようだ。それはまるで、新しい扉が開かれた瞬間のようである。
かくして、遊撃小隊は、ウズメの華麗な「水先案内」によって拓かれた
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