第5話 知らない音楽

「私は…」

 混乱したような表情でクランベルがそう呟いた。

「大丈夫?」

 ホワイトが心配そうにそう言った。

「大丈夫じゃ、ない。記憶がないの。どうしてここにいるのかも、わからなくなった」

「とりあえず、ここにいても何も起きないだろうし、私たちと一緒に来る?」

 ホワイトがクランベルにそう言うと、スノウは明らかに嫌そうな顔をしたが、何も言わなかった。

「どこにいくの?」

「さがしものが見つかるところまで、行くの」

「……一緒に行く。ここ、たいして何もないから」

「じゃあ、一緒に行こう」

 そう言って、ホワイトは座り込んでいたクランベルを立ち上がらせた。

「この町の中も、さがしてみる?」

「そうだね」

 魔王がそう答えた。

 ホワイトたちは、町の中を探した。

 しかし、前に人間が住んでいた跡が残っているだけで、たいして珍しいものやそれっぽいものは見つからなかった。

「……なかった」

 少し悲しそうにホワイトはうつむいた。

 そこで、知らないメロディがどこからともなく聞こえた。

「……?」

 ホワイトは、その音を追いかけていった。

 すると、一軒の今にも崩れそうなっ立て小屋があった。

 その小屋の中に、ホワイトは入った。

 すると、中にある腐った木でできた椅子の上に綺麗なオルゴールがのっていた。

「きれい」

 ホワイトは思わずそう呟いた。

 すると、オルゴールの音は止まってしまった。まるで、役目を終えたかのように。

 ホワイトは、そのオルゴールを手に取り、ねじをまいた。

 しかし、音はならなかった。どうやら、壊れてしまったようだ。

「……悲しい」

 魔王やスノウにも聞かせてあげたかった、とつぶやいた。

 しかし、ホワイトはオルゴールを持って魔王たちのところへ行った。

 そこには、棺が戻ってきていた。

「おい、あんた! どうしてあたしを蹴ったんだよ! おかげで随分遠くまで飛ばされたんだぞ!」

「お前がひどいことを言おうとするからだ」

 スノウは当然だろ? と言う様子でそう言った。

 どうやらもめているようだ。

「けんかは……良くないよ」

 ホワイトは二人にそう言った。

「「こいつが悪い」」

 同時にスノウと棺がそう言った。

「なんだと!? どう考えてもお前が悪いじゃないか!」

 棺が怒ったような声でそう言った。

「いやいや、お前の方が悪いだろ!」

 スノウがそう言い返した。

「ふんっ、ふざんけんじゃないよ!」

 棺はそう言って、そっぽをむいた。

「けんかは、良くない」

 ホワイトはそう言った。

 次の瞬間、不思議な音楽がどこからともなく聞こえた。

 ホワイトは、その音を追ってみることにした。

 その音は、黒い塔の中から流れてきていた。

「この塔、なんだろう?」

 ホワイトがそう呟くと、後ろからついてきていたらしいスノウが

「黒曜石でできた塔なみたいだね。どこかで見たことがあるような……?」

「どこで見たの?」

「わからない」

「とりあえず入ってみよう」

 ホワイトはそう言って、黒曜石でできた塔の扉を開ようとした。しかし、開かなかった。代わりに、四角い枠のようなものが現れる。先ほど見つけたオルゴールと全く同じ大きさの枠だった。試しに、そのオルゴールを置くと、扉は開いた。

 中には壮大な宇宙のような風景が広がっていて足元は草原のようなところだった。

「きれい…」

 良く見れば、星のように見えていたものは文字や記号だった。

「すごい」

 思わず、ホワイトはそう呟いた。

「誰だい?」

 澄んだ闇のような不思議な声が聞こえた。

「……わたしは、ホワイト」

 ホワイトはそう言った。声が、塔の中に反響する。

「ふうん、聞いたことがある名前のような…」

 その場に、少年が現れた。

 短く真っ白な髪に、アメジストのような深い紫色の瞳の少年だった。

「ああ、君だったか」

 少年は微笑んでそう言った。どうやら、ホワイトのことを知っているようだった。

「私は、あなたを知らないのだけれど、あなたはだれ?」

「ああ、そうだったね。今回は自己紹介してなかった。俺の名前はルキ。十柱の魔王の一人で、狂気の魔王だなんて呼んでくる失礼な奴がいるよ」

「……そうなんだ。あなたは、どうして私を知っているの?」

 不思議そうにホワイトはそう尋ねた。

「昔の君にあったことがあるからさ」

「昔の?」

「ああ、たしか君は今は記憶が無いんだっけ。返してあげようか?」

「どういうこと?」

「君の中から消えた記憶は、俺が持っているんだよ」

「どうして?」

「以前の君が僕に記憶をたくしたんだ」

「以前の私?」

「そう、以前の君は僕と友達だった。まあ、今となってはその頃の記憶も君の中にはないんだろうね」

「うん。ない」

「じゃあ、返してあげよう」

 そう言って、ルキはホワイトの額に手を当てた。

 そして、何やら不思議な言葉をつむいだ。

 どこか、知らないはずなのに知っている気がする懐かしい言葉。

 よくわからない温かい光がホワイトをつつむ。

 そこで、知らないはずの記憶が流れてきた。

 ――――忘却の地、魔王、花、忘れ去られた大罪。

「…知ってる」

 なぜか涙が一筋ひとすじ、すうっとこぼれおちた。

「……魔王」

「無事に記憶を取り戻したみたいだね」

 ルキが満足げにそう言って笑った。

 そして、今度はルキの体がぽうっと薄い紫色の光に包まれた。

「おや、役目を果たしたから僕はもう消えるみたいだ」

「…どういうこと?」

「ここにいる僕は、本体の僕の魂の欠片かけらからできた分身のようなものなんだ」

「魂の欠片?」

「ああ。でも今はもう説明する時間もない。そうだ、本体の僕には絶対に会おうとしちゃいけないよ」

「どうして?」

「徐々に君の中に記憶が戻ってきているはずだけど、本体の僕は危ないんだ。だから絶対に会おうとしちゃいけない」

 ルキはそう言った。

「……そう、なんだ」

 私は徐々に頭の中に流れてくる記憶の映像のようなものを見ながら、ルキにそう返事した。どうやら、何か事情があるようだ。

 次の瞬間、光がはじけてルキは跡形もなく消えた。

「…ルキ」

「……ホワイト?」

 スノウが不思議そうにホワイトのことを見つめる。

「スノウ。今すぐ魔王に会いに行こう」

 ホワイトは微笑んでそう言った。

「あ…うん。わかった」

 スノウはそう返事をした。

 ホワイトとスノウはその塔の外に出た。

 すると、その塔はガラガラと音を立てて崩れた。

「崩れちゃった」

「あんなに頑丈そうだったのに」

 思わず、そうつぶやいた。

「…ホワイト?」

 目の前には魔王がいた。

「魔王」

 ホワイトはそう言って魔王に抱き着いた。なぜか頬をつたう涙はとまらなかった。

「……?」

 魔王は不思議そうにしていたが、ホワイトの頭を撫でた。

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