第3話 灰色の世界

「すぐ帰ってくるから、いい子に待っていてね」

つめたい吹雪の中にぽつんと立っている白い塔の中で誰かがそう言った。

「で、でも…」

「大丈夫。きっと、戻ってくるから」

「……わかった」

「___は、いい子だね」

そう言って、誰かが私の頭を撫でた。

そして、つないでいた手を離した。

けれど、その人は二度と私の元に帰ってこなかった。

           *

「ん…」

目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。

あ、そうだ、昨日は魔王やスノウと一緒に町に来たんだっけ。

なんだか、遠い昔の夢を見ていた気がする。

けれど、どんな夢を見ていたのか思い出せない。

私は支度を済ませると、部屋の外に出た。

すると、すでに魔王やスノウは朝食を食べていた。

「あ、おはよう。ごめんね、起こしちゃ可哀想かと思って起こせなかった」

なるほど、起こさなかったのは私への配慮だったらしい。

「いいえ、大丈夫です」

そういえば、昨日、変に魔王の瞳が赤くなっていたけれど大丈夫だろうか?

そんなことを思い、私は魔王の瞳をのぞき込む。しかし、いつも通りの灰色の瞳だった。昨日の出来事自体、私の幻覚だったのかもしれない、と思った。

だって、優しい魔王がいきなり『嫌い』なんて言葉、言うはずがないから。

私はそう思いながら朝食を食べ始めた。

バターをぬって焼いたパンをちぎって口の中にほうりこむ。

じゅわっと音を立てるパンをかみしめる。

「おいしい」

スノウが、猫の姿でテーブルの上にあるはちみつのクッキーを口いっぱいに、ほおばっている。どうやら、クッキーが好きならしい。

とんとん、と扉をたたく音がした。

「はーい」

返事をして、フィンさんが扉を開けた。

扉を開けると、そこには棺が立っていた。

「シドの知り合い?」

「昨日スノウとしゃべってたやつだ」

「お前ら、勝手にあたしを置いて行っただろ!!」

「うん」

「なんでだよ!?」

「だって説明するの面倒くさいし」

悪びれもせず、スノウは平然とそう答えた。

「ちょっと待ってくれよ。じゃあ、説明しなくてもいいから一緒に連れて行ってくれないか?」

棺が必死にそう言った。いや、もう死んでるけど。

「なんで?」

「だって、あの墓場何もすることないんだもん」

「つまり暇ってこと?」

「そう」

「邪魔しないんだったらいいよ」

魔王がそう言うと、棺は

「やったぁ!」

と言って喜んだ。

「そうだ、魔王は何の用でここまで来たんだ?」

フィンさんが思い出したかのように、魔王にそう聞いた。

「さがしものを探すため」

「さがしもの?」

「うん。ホワイトがさがしているものを、一緒に探すの」

「へえ、シドったら随分性格が変わったようだね。昔なら絶対そんなことしなかった。それとも、自分の自我さえももう見失ったのかな?」

「じが?」

「おや、今のシドにこの言葉は難しすぎたか。まあ気にしなくてもいい」

「うん」

魔王の性格が変わった?

昔から今みたいに優しかったわけじゃないんだろうか?

「昔は、どんな性格だったんですか?」

私は思わず聞いた。

次の瞬間、フィンさんの瞳に少し怖い色が灯った気がした。

「知りたい?」

フィンさんの声は、いつもの穏やかな声とは違い、低く恐ろしい声だった。

そして、どうしてか私は反射的に聞いてはいけないような気がして、

「いいえ」

と言った。

「そっか、じゃあまた今度教えてあげよう」

フィンさんはいつも通りのおだやかな笑顔を浮かべてそう言った。私はなぜかその笑顔にぞっとする何かを感じた。しかし、次の瞬間にはいつも通りの何も暗いものを感じない明るい笑顔だった。

見間違えだったのかもしれない。

「もっとクッキーないのか?」

口の周りがクッキーのかすまみれになっているスノウが、フィンさんにそう聞いた。

「あー、ごめん。それで最後なんだわ」

「はあ、今度からはもっと用意しとけよ」

「なんですかこのふてぶてしい猫は。シド、こいつ外に放り出していいか?」

「可哀想だからやめたほうが良いと思う」

「お前にもそんな心があったんだな」

「さっきから俺を何だと思っているんだ?」

「いや、前なら絶対そんなこと言わなかったなって」

「そんな昔の事覚えていない」

「そうだよな、お前は忘却の魔王だもんな。はあ」

「忘却の、魔王?」

不思議そうに魔王はフィンさんに問い返した。

「自分の二つ名さえも忘れたのか? まったく、お前って奴はほんとに何でもかんでも忘れるよな。まあいいよ、今は世界が終わっているから、その二つ名を知ってるやつほとんど生きて無いだろうし」

「たしかに…って、ちょっと待て、お前何で生きてるの?」

スノウは驚いた様子でそう聞いた。

「何で生きてるって、失礼だな。猫のくせに」

「いやいやいや、だって世界が終焉を迎えたじゃん? お前十柱目の魔王だよね? 勇との戦いで引き分けになって勇者や他の魔王と一緒に消えたんじゃないの?」

「まあ、私は最強だから」

にっこりとほほ笑んでフィンさんはそう言った。有無を言わさない笑みだった。

「え、シドに負けていたのに?」

「いや、あれはただの戦いあそびだったから。本気出してなかったし」

「本気出したら勝てるのか?」

「うん……たぶん」

なるほど、たぶんを付け加えるということは、勝てるかどうかわからないみたいだ。

まあ、たぶんこの感じからすると、フィンさんは魔王には勝てないようだ。

「つまり勝てないんだな?」

「………だってさ、あの『忘却の魔王』だよ!? 世界を一瞬にして混沌で包んだ、あの忘却の魔王だよ? 勝てるわけないじゃん、お前も勝てないだろ??」

そう言って、フィンさんはスノウを見た。

「お前と一緒にしないでほしいな。僕は本気を出せば互角にはなれるさ」

「でも、勝てないだろ?」

「……まあ、ね」

どうやら、魔王はとても強いらしい。今回の会話でそれが良く分かった。

っていうか、世界を混沌に包んだってどういうことだろうか?

「混沌で包んだってどういうこと?」

私がそう尋ねると、フィンさんは、あ、まずい、と言う顔をして、

「いや、気にしなくていい。言い間違えただけだ、そうだよな?スノウ?」

「うん、ホワイトはまだ知らなくていいことだよ」

「まだ?」

「うん、いずれ言うから」

「わかった」

どうやら、これ以上は聞かないほうが良いようなので、私は聞かなかった。

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